110話 何も変わらないまま、季節外れのイベントが始まってしまった。
「海だー!!」
「電車の中で騒ぐな。迷惑でしょうが」
「うわお兄ちゃんがまともなこと言ってる。気持ちわる」
だからなんで俺が普通にしゃべるとみんなそういう反応するの。
心配そうな目でこっち見ないでくれる? 俺はまともだから。
先輩から逃げていたらあっという間に土曜日になり、気づいた時には電車の中に乗り込んでいる状態になっていた。
そして電車に揺られること1時間半、ついに窓の外に海が見えてきたわけだが、まだ先は長い。
だからはしゃぐのはまだ早いと思うんだ。
出る時間が早かったからか休日だというのに、意外と電車の中は閑散としている。
まあこっち方面には海水浴場しかないわけだし、こんな時期にわざわざこっち方面行きの電車に乗る人が少ないってこともあるのかもしれないけど。
そして俺とレイがいつも通りに戻ったかといえば……実はいまだにぎくしゃくしている。
いや俺は先輩の教えを必死に守ろうとなるべくいつも通り接しようとしていたんだけど、なにせレイが俺のことを避けまくる。
それはもうわかりやすいくらいに、俺の自意識過剰ではないと証明してくれるレベルで大げさに避けられる。
そんな風に避ける相手にいつも通り接するなんて難しいことは俺にはできない。
そもそも避けられている時点で、いつもより積極的に俺から話しかけていってるんじゃないか、ちょっかいをかけているんじゃないかって考えちゃうからね。
そんな感じで過ごした一週間だったわけで、じゃあ今この場にレイがいないのかと聞かれればそういうわけではない。
今は窓の外をずっと眺めている妹の膝の上でぐっすりと眠っている。
まあいつもなら寝てる時間だし、眠いのはわかるけど妹がうらやましすぎる。
というかそもそもの元凶は妹がレイに何かしたか、何か言っているからこうなってるに違いないのに、妹が懐かれて俺が避けられているということが発生しているのはおかしくないだろうか。
妹も嫌われればいいのに。そうすれば共通の敵ができて俺とレイは仲直りができる。
やっぱり共通認識の敵を作り出すことは大事だと思うんだよね。
仲直りの一番手っ取り早い方法だよね。
まあ別に喧嘩してるわけでもないからそれで元に戻るかといわれれば微妙なんだろうけど。
ともかくこのことに関して妹が我関せずを貫ているのが気に食わない。
「な、なに?」
意味深にじーっと妹の方を見つめても、妹は目をそらすのみ。
俺の無言の問いかけにこたえようとはしない。
いや、直接聞けばいいのかもしれないけど、基本的に妹の近くにはレイがいるわけで、当事者が目の前にいる状態で、そのことを聞くのは何となく気まずいというか、まあ俺はそんなことができるほどのメンタルは備わっていない。
だからこそ家族になら伝わるであろう無言の問いかけをしているのだが、妹は全く感づいてくれない。
いまだって不審者を見るような目つきでこちらを見るだけで、また窓の外に視線を戻してしまっている。
そうなると俺の方にはもう一切目もくれなくなる。
まったく家族を何だと思っているのか。俺は家族をちゃんと想っているのに。
というか君はいつ帰るんだよ。早く帰れよ。
できれば今日までにレイとの関係修復を図りたかったが、今の状態のままで今日を迎えてしまったのならそれはそれでしょうがない。
季節ごとのイベントを過去数年間こなしてこなかったのだ。
今日くらいは夏らしいイベントを楽しむべきだろう。
まあ今は秋だから、夏イベントでも何でもない季節外れの海イベントなんだけど。
きっと海に入るイベントも可愛い女の子の水着イベントもないんだろうけど、いやあったとしても妹の水着を見るだけだからうれしくもなんともないんだけど。
え、レイこの日のために水着を買ってたりしないよね?
もしかしてファッションショーをこの間しなかったのもそういうサプライズのため?
妹がそんな気遣いができるなんて想像もつかないけど、いやレイがそんなことを考える方が想像できないけど、もしかしてもしかしたりする?
「お兄ちゃん。気持ち悪い笑みを浮かべながらレイちゃんを見ないで」
うるせえ。なんでお前はこういう時だけばっちり俺の方見てるんだよ。
一生海だけ見とけ。俺は今忙しいんだよ。
それに俺の笑顔は気持ち悪くなんてない。
ほら見ろ、俺の笑顔の輝きでレイが起きちゃったじゃないの。
レイさん? 起きて早々俺から目をそらすのやめてもらいます?
今数日ぶりにばっちり目があいましたよね?
どうしてそらしちゃうんですかね。え、俺の笑顔そんな気持ち悪い?
真顔でいた方がいい? 逆に怒ってた方がいい?
「変顔ばっかしてないで降りるよ。ほんと気持ち悪いんだから」
真顔で言うな。お兄ちゃん傷つくぞ。
適当なことばっかり考えていたら最寄りの駅についてしまったらしい。
まあ俺も純粋に海は楽しみだし、せっかく遠出したんだ。
今日は楽しむしかないな。




