108話 体調不良より寝不足の方が指摘されるべきなのに、そうならないのはなんでだろう。
「ふわああ」
大きなあくびをしながら、いつもの食堂の定位置へ。
昨日……というより今日はあの後もあんまり眠れず、ずっと眠りが浅い半覚醒しているような状態で朝を迎えてしまった。
こんなコンディションで仕事をしているものだから、集中なんてまずできない。
あくびをかみ殺すしながら過ごすので精いっぱいだった。まあ別に我慢もせずに堂々とあくびしてたんだけど。
眠くて頭が回っていないからと言い訳をするわけではないけど、ご飯ボールに白米という訳の分からないチョイスをしてしまった。
たまに出てくるご飯ボールなるご飯を練り固めて、シソ風味の味付けをしてボール状にしているおかず。俺はこれが結構お気に入りだ。
この個性爆発食堂の個性が発揮されている商品の中でも、一番おいしいと断言できるだろう。
ご飯をおかずにご飯を食べるという抵抗感さえ拭うことができれば、注文することにためらいなどなくなる。
まあそれならご飯じゃなくて麺類か別のおかずを選べよと思わなくもないが、おかずをおかずにおかずを食べる。
もうこっちの方が字面的に訳が分からなくなってるから、俺はあえてご飯をおかずにご飯を食べるのだ。
……やっぱり俺今日は帰って寝た方がいいのかもしれない。
抑えきれないあくびを抑えるつもりもなく、涙目になりながらあくびを垂れ流す。
ふと目線を上に向けると苦笑いしている先輩がトレーをもって目の前に立っていた。
「ずいぶんと眠たそうだな」
返事をしたいが、ずいぶんとあくびが長くて口を閉じれそうにない。
俺はぺこぺことお辞儀をするしかなかった。
「一緒していいか?」
先輩は俺の事情を察してくれないのか容赦なく話しかけてくる。
今この状況を見て返事ができると思っているのだろうか。
というかこのあくび長くない? もうなんか頭ボーっとしてきたんだけど。
もうなんか口の中一気に乾いている気がするし、涙とかだらだら流れてるんだけど。
なにこれ、何かの呪い?
「……大丈夫か?」
「でゅあ! はあ……はあ……」
あくびをしただけで死にそうになった人間がかつてこれまでにいただろうか。
俺は必死に目元から流れ出る涙を手の甲で拭いながら、酸素を必死に取り入れようとしていた。
はあ、死ぬかと思った。死因『あくび』とかシャレにならんからね。
悲しみの葬式が戸惑いと嘲笑の場に変わることになるよ。
自分の気持ちが落ち着き、再び先輩の方に目を向けると先輩は当たり前のように俺の前に座り、特に俺の様子を気にすることもなくご飯を食べていた。
そういえばこんな状態で聞くのも流れ的におかしいかもしれないが、先輩に相談でもしてみようか。
うーん、でもなあ……。あ、確か先輩猫飼ってるって言ってたな。
「先輩一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「どうした?」
先輩は特にこちらに目を向けることなく返事をしてくる。
「えーっと……もしもの話ですけど。先輩が飼っている猫がある日突然前触れもなくそっけなくなったらどうします?」
「そっけなく……彼は割といつもそっけないぞ。甘えてくることなどめったにない」
「あー確かに猫ってそういうイメージありますね」
これは例えが悪かったか?
猫は気まぐれなんてよく言うし、しかしわざわざ『彼』っていう言い方しなくても……。
そんな言い方するから周りに勘違いされるんじゃないですかね。
「お、おお……」
先輩は途端に手を止めて、変な音を口から出しながらこちらをまっすぐと見つめてくる。
「ど、どうしたんですか?」
なんか変なもんでも食べたんだろうか。
それとも家にいる猫のことを思い出して唐突に帰りたくなったとか。
そういうことよくあるよね。俺も最近はよく家にいるはずのレイのことを考えて、仕事中に唐突に帰りたくなることがある。
たとえば今とか。もう今日は帰ろうかな。
「君とまともに会話を交わせたことに軽く感動してしまった」
……ん? 何そのいつもはまともな会話になってないという意味を含んでいるような言い方は。
「俺はいつだって真面目に会話してますよ?」
「ほ、本当に大丈夫か? 体調悪くないか? 今日はもう帰るか?」
なんで普通に話してるだけでこんなに心配されてるんだろうか。
見てくださいよこの先輩の今までに見たことないレベルの心配そうな顔。
そんなにこっちに近寄って顔を確認されなくても俺は元気ですから。
そもそも体調悪かったらご飯をおかずにご飯を食べたりしないでしょ。
さすがにもっと体に優しい食べ物を摂取するよ。
もしかして先輩に相談したのは間違いだったか?