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103話 変人にならないためにとった行動が奇行であることにまだ本人は気づいていない。

 なんか前にも同じようなことがあったような気がするなあ。

 気のせいかなあ。あの時も必死に否定したのにほぼ強制的に、無理やりに、先輩を味方につけて家に押し掛けてきたよなあ。


 二番煎じは面白くないんだぞ後輩。

 いや二番煎じも何も二回とも後輩が言ってきてるんだけど。


「いや今回はちゃんとした理由があるんですよ!」


 おい、その言い方は前回は大した理由がなかったって自白してるようなもんだぞ。

 いろいろと理由つけて俺も何となくその理由で納得してたんだから、いまさらになって意味のない自爆をするんじゃないよ。

 誰も幸せにならないからね。


「この鍋を返したくて!」


 そういって恥じらいもなく抱えるように持っていた鍋を、ドン!という割と大きめの音をさせながらテーブルの上に置いた。

 個人的には今すぐ元の位置に戻してほしい。


 人生で今までこんなに視線を浴びることなんてなかったレベルで注目されてるから。

 今すぐにでもその鍋をテーブルの下に戻すか、もう一回頭にかぶって冷静になってほしい。


「返さなくていいよ」


 というかやっぱりその鍋はもともと家にあった鍋だったのか。

 どおりで見覚えがあると思ったし、そうだとしてもなんで会社に持ってくるのか理解ができない。


「そういうわけにはいきませんよ! なんか高そうだし、もらっちゃうのはまずいです。というか一人暮らしでこんな鍋使いません!」


 いや俺も一人暮らしなんだけど。

 実家出るときに許可なしに持ってきたものだから高いかどうかはわからんけど。

 そもそもどうして鍋を返すことが家に来ることにつながるのか。


「わかりました。妥協して家にお邪魔するのはあきらめます。だからこの鍋をお持ち帰りください」


「お断りいたします」


「なんでですか! 帰りまで警備員に捕まりたくないんですよ! わかりますか? ここの社員なのに、全警備員さんから不審者扱いされる私の気持ちが!」


 わかんねえよ! というかそんなの自業自得じゃねえか!

 なんで俺が八つ当たりされてるわけ?


「だから先輩にも同じ気持ちを味わってほしいんですよ! ヴィクトリー丼で落ち込んでる場合じゃないんですよ!」


「お断りいたします」


 絶対に返したいとかじゃなくて、自分と同じ目にあってほしいっていうのが本音だろ。

 というか楽しんで鍋かぶったりして遊んだりしてるんだから、そろそろ愛着わいてきたころじゃない?


 手放したくなくなってるんじゃないの?

 ほら、遠慮せずに持って帰りなよ。


 俺まで不審者扱いされるのは絶対にごめんだ。

 つまり何があってもこの鍋を受け取ることはできない。


 俺は心の中でそう固く誓い、一気にゆで卵を口の中に放り込む。

 後輩より先にこの席を立ち、後輩は鍋を持って帰らざるを得ない状況を作るしかない。

 こうなった後輩は何があってもひかないことを俺は学んだのだ。


「ちょっと何急いで食べてるんですか? 卵のどに詰まらせて死んじゃいますよ。もっとゆっくり食べましょうよ」


 そんなおじいちゃんじゃないから大丈夫だよ多分。

 むしろ鍋を持った不審者扱いされるくらいなら、まだ卵をのどに詰まらせて死にかけた方がましだ。


 それよりもお前も急に丼抱えてめちゃくちゃ口の中に入れてるじゃん。

 どうやら後輩も同じことを考えているらしい。


 ゆっくり食べたほうがいいんじゃないかな。

 この焼き鳥ちょっと固いし、ゆっくり食べないと胃で消化されないかもしれないよ。

 昼休みの時間はまだまだあるんだから、もっと味わって食べなさいよ。


 そこからは二人ともひたすら無言で、自らの目の前にある食事を消化する作業に専念することとなった。


 後輩と俺との違い。

 それは俺にはもう一つゆで卵が用意されているということ。


 いやまあ自分で注文したんですけど。

 しかしこれは大幅に時間をロスしてしまう。


 なぜなら俺が注文したゆで卵は殻付きだ。

 ここで殻をむいていたら、その間に後輩は丼を食べ終わってしまうだろう。


 そんなことになったら俺はこの食堂から、そして会社から家まで鍋を見せびらかしながら歩いている変質者へとなり果ててしまう。

 こうなったら背に腹は代えられないか……。


「ちょっと先輩!? なにしてるんですか!?」


 俺は覚悟を決め、ゆで卵を口に入れる。殻つきのままで。

 そして歯を突き立て無理やり口の中で殻をかみ砕くと、そのまま口の中で産卵した殻をすかさず皿の上に吐き出す。


 そこからはその繰り返しだ。

 正直口の中は痛いわ、殻の味で卵の味なんてわからないわでおいしさなんてみじんも感じられなかったが、そんなことを言ってられない。


「ごちそうさま」


「先輩、そんな薄情なことするんですか!!」


「ごちそうさま!!」


 嘆く後輩と鍋をその場において、さっさと席を立つ。


 ……勝ったな。


 一つでも判断ミスをしていたら後輩の方が先に食べ終わっていたに違いない。 

 口の中を犠牲にしたがその犠牲により俺が会社で変質者扱いされる未来は避けることができた。


 ヴィクトリー丼と名付けたのはここまでの展開を予想していたからだろうか。

 ……いや普通に違うんだろうけど。ゆで卵を急いで食べることを強制する食堂があったらそれはもう普通にサイコパスだよ。


 ともかく俺は勝利した。

 それを盾に午後も突っかかってくる後輩を軽くあしらうことができた。

 結果として鍋は後輩が持って帰ることになった。



 正直言うともっと普通にご飯食べたかった……。

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