口なし女房は字が綺麗
ちょいと意地汚い男がおりました。
「そろそろ嫁が欲しいが、食い扶持が増えるのは嫌だ。誰か食べなくても平気な嫁はおらんものか……?」
そんな男の下にある日女が訪ねてきました。その女は口が無く、喋ることも出来ずスケッチブックにマーカーで【娶って下さい】と綺麗な丸文字で書きました。
「ほう。口が無ければ食べることも出来ないか。丁度良い、オラの女房にピッタリだ」
男はこれ幸いと口の無い女を娶りました。
女は働き者で、その上食事も無駄口もきくこと無く、スケッチブックに最低限のやり取りだけを書きました。
【お味噌汁 如何ですか?】
「うん。良い味だ」
【お湯の加減 如何ですか?】
「ああ。丁度良い」
【おやすみなさい】
「おやすみ また明日」
綺麗で可愛い丸文字に、男は益々女を気に入りました。男は女の食費が浮いた分、酒を飲み毎日幸せにくらしました。
ある日、男が畑を耕していると、小鳥たちのさえずりが聞こえてきました。道行く親子が童歌を歌っています。隣の家からは夫婦の談笑が…………男は次第に女の声が聞きたくなりました。
「お前さんは……喋れないのかい?」
【はい】
「それは、口が無いからかい?」
【はい】
少し悲しげな可愛い丸文字で女は答えました。
男は仙人が住むと言われる山の頂上へ行き、修行中の仙人を見つけて話し掛けました。
「お願いします。どうかオラの女房に口をつけてやってください!」
仙人はその声に振り返り答えます。
「あの女はお前さんの願いから生まれた女だ。何を困ることがある?」
「どんなに食べても構いません! どうか口をつけてやってくださいませんか!?」
男があまりにも強く願い出るものだから、仙人も押されて渋々返事をしました。
「分かった分かった。ワシがどうにかしてやろう」
「ありがとうございます!」
喜び家へと帰ると、口なし女房がおひつを抱えてしゃがみ込んでいました。
「どうした、何処か痛いのかい?」
「……お米が美味しいの」
初めて聞く女の声に、男は驚き喜びました。しかし女は口が裂ける勢いで大きく開き、次々におひつのお米を食べていきます。お米が無くなると畑の野菜を次々と漁り始めました。男は次第に恐ろしくなり女を止めました。
「止めろ! 食べ過ぎだ!!」
「……ダメなの」
「何がだ!?」
「自分でも止められないの……!!」
男は急いで仙人の下へと走りました。
「話が違うではありませんか!!」
仙人は振り返り静かに答えました。
「いいや、確かにお前さんは願った筈だ。どれだけ食べても良いと……。今まで食べなかった分を今食べているだけ。暫くすれば落ち着くわい」
「そ、そんな! このままでは明日の食い扶持すら残りません!!」
「女が食べなかった分を蓄えていればそうはならんはずじゃ。さてはお前さん……自分の事しか考えて無かったか」
「そ、そんな! いや、しかし―――!!」
「どこまでもうるさい奴め。貴様に口はいらぬ。取ってしまえ!」
仙人は男の口を取ってしまいました。男は喋れなくなり、泣きながら家へと戻りました。
「おかえりー」
男が家へと入ると、そこには太った女が居りました。
「…………!!」
男は見るも無惨に太りきった女房に愕然としました。
「……………………」
男は次の日から喋ることも無く静かに働きました。食事もいらなくなり、その分を女が食べています。
「うまいうまい」
幸せそうに二人分のご飯を食べる女を見て、男は複雑な思いになりました。無駄口も増え、可愛い丸文字は見られなくなりましたが、決して悪くは無いと、そう思ったのです―――
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