第9話 俺と後輩のとある平日(2)
登校しながら、俺と紬は雑談に花を咲かせる。
「一貴先輩と姫ちゃん、どうなったんでしょうか?」
「どうなったんだろうなあ。仲良くはなったみたいだが」
二日前の土曜日に、顔合わせが成功して以来、進捗は聞いていない。
「姫ちゃん、押せ押せなタイプじゃないから、誰かが押してあげないとって思うんですよねー」
「それはよーくわかる。タカも同じタイプだしな。悩んでるようだったら、背中押してやろう」
「ですよね」
などと、親友の恋路について話し合う俺たち。
しかし、紬の奴も、結構この件に乗り気だな。紬にとっても仲の良い姫のことは気になるのだろうか。
「そういえば、縁ちゃん、ちょっと腕上げました?」
「負かされてばかりだと悔しいからな。割と練習したよ」
話しているのは、昨日プレイしたFPS、『コールオブジューシィ』についてだ。FPSは、ゲームにもよるが、プレイヤースキルに左右される面が大きいので、強い相手を打ち負かすには相応の練習が必要だ。
で、紬はとにかく反射神経が鋭いので、素だとなかなか手ごわい。というわけで、新作をプレイするたびに、俺は紬に負けまいと練習を重ねていた。
「さすがは縁ちゃん、執念深いですねー」
執念深いとか。いや、わかるが。
「努力したと言ってくれ」
そんなどうでもいい事を話す。
ただ、こうして話していて思うのだが、一昨日はキスを済ませたものの、話しててちっとも色っぽい雰囲気にならないのはいかがなものか。昨日も遊びまくって、寝ただけだし。
(ま、いいか)
俺たちは俺たちのペースで進めばいい。どうでもいい話をしながら歩くのもそれはそれで心地いいのだし。
そうこうしている内に、気が付けば校門の前。家からだいたい歩いて20分くらいのところに、公立成風高校はある。偏差値はそこそこだが、一応進学校なので、ほとんどの生徒が大学に進学する。
一年の教室と二年の教室は別なので、玄関で別れる俺たち。
ガラっと扉を開けて、自分の席に座る。窓側で、前から三番目というちょうどいい席で、教師に当てられにくいし、寝てても気づかれにくいというポジションだ。
「おはー、縁」
最初に声をかけてきたのは、痩せ型で、短くカットした髪が特徴の、内野茂だ。学校ではオタ友としてよくつるんでいる。悪い奴じゃないんだが、女子が相手になるとキョドることが多々あるせいで、特に女子からは微妙な評価を受けることになっている。
「おっす、茂。何読んでんの?」
茂の読んでいる雑誌が気になったので聞いてみる。
「最新号のトラマガ。縁も良かったら読む?」
「トランジスタマガジンだっけ。電子工作方面はわからないんだよなあ」
電子工作をする人間にとっては必携だとか。しげっちゃんは、オタはオタでも技術オタで、自作PCや電子工作など、技術を使って何かを作るのが好きな奴だ。
「おう、縁。昨日の「はたらかない魔王さま」は見たか?」
会話に加わってきたのは、郷野努。長身に鍛え上げられた肉体で、体育会系ぽい身体つきだが、根っからのアニオタで、毎シーズンの深夜アニメを全部チェックしている。面白いアニメの情報を教えてくれるので助かっている。
「いや、見てない。昨日は紬と遅くまでFPSしてたからなあ……」
「例の後輩か。羨ましいものだ……縁は、アニメの世界の住人じゃないのか?」
「失礼な。ちゃんと現実だって。つーか、一昨日から付き合ってるからな」
「「!?」」
二人とも揃って驚く。まあ、当然か。俺だって驚いてるくらいだ。
「「お前、まだ付き合ってなかったのか!?」」
違う驚かれ方をしていた。
「縁、紬ちゃんと付き合い始めたの?」
さらに、会話に加わってきたのは一貴。見るのは一昨日ぶりだ。
「おっす、タカ。一昨日は良かったな」
(ちょっと、それは秘密にして欲しいんだけど)
小声で咎められる。おっと、口が滑った。
「すまん、つい」
「それで、紬ちゃんと付き合い始めたっての本当?」
「ああ。まあな」
「おめでとう、縁。いつ付き合うのかなって思ってたから、一安心だよ」
「タカにもそう見えてたのか……」
「「も」?」
タカがそう問い返した直後に、予鈴が鳴った。
「いや、なんでも。続きはまた後でな」
ということで、皆は散り散りになる。そして、一限の授業が始まったわけだが、少し自己嫌悪する。
つまり、親友のタカから見ても、紬からの好意は見え見えだったわけで、それに気づくことができなかった……違うな、自信が持てなかったのが少し情けない。
(もうちょっとあいつのことをちゃんと見てやろう)
そう決心した。