第39話 姫の誕生日パーティーをやる件
「あー、もう。梅雨ってほんっと鬱陶しいよな。蒸し暑いし」
窓の外を見ると、雨露が窓を流れ落ちていくのが見える。もう梅雨に入った、6月の月曜日。
「すぐ食材もカビちゃいますもんね」
応じるのは、紬。彼女もどことなく気怠そうだ。
「早く梅雨明けないかなー」
言っても仕方ないがぼやいてみる。
「気持ちはわかるけどね。我慢しないと仕方ないよ」
苦笑いしながら、そう俺を宥めるのはタカ。ちなみに、今は三人で机を連ねて、昼飯を食べている最中だ。
「ところで、縁ちゃん。今日のお弁当はどうですか?」
母さんが退院して以来、昼のお弁当は、しょっちゅう紬が作るようになった。少し悪いな、という気持ちもあるのだが、紬は紬でやりがいがあるらしい。
「いつも通り美味いぞ。ただ、野菜炒めはもうちょっと塩気が欲しいな」
ちょっと贅沢かもと思うが、率直に感想を言ってくださいという紬からの頼みもあるので、もうちょっとこうして欲しいなという事は言うようにしている。
「ヘルシーなの意識して塩分控えめにしたんですが……」
「ああ、いや。そういうのだったら、気にしなくていいぞ」
さすがに、健康を気にしてくれたのにどうこう言う気にはなれない。
「いえ。もうちょっと工夫してみます!」
「紬ちゃんはがんばり屋さんだね」
側で俺たちのやり取りを見ていたタカが言う。いやもう、ほんとその通り。
「いえいえ。私なんかまだまだですよ」
「ま、ほどほどにな。今のままで十分美味しいし」
俺の好みの料理を作ろうと努力してくれるのは嬉しいが、今でも十分過ぎるくらいなのだから。
「あ、ありがとうございます」
少し照れつつも応じる紬。
「ほんと君たち、順風満帆って感じだね」
タカは言う。呆れつつも、どこか羨ましげだ。
「待て待て。おまえは、順調じゃないのか?姫が居るだろ、姫」
タカが一目惚れした相手であり、俺や紬の幼馴染でもある姫。俺たちが顔合わせを設定してからもう1ヶ月以上になると思うのだが。
「うまく行ってる、とは思うよ。ただ、なかなか踏ん切りがつかなくて」
「あんまり待たせ過ぎるのもどうかと思いますよ。一貴先輩」
チクリと刺す紬。
「あはは。ちょっとグサっと来たよ」
「しかし、俺もそう思うぞ。もう何度もデートしてるだろ?」
姫の方も悪くない感じの反応……というか、なんで告白してくれないのか、前に訝しがってたくらいだしな。そこはさすがに伏せておくが。
「それもそうなんだけどね。なかなか、いいきっかけが無くてね」
「変に完璧主義だよな。別に、デートの終わりにどっか誘って告白すればいいだろ」
「そうそう。縁ちゃんなんか、私から告白しなければ、どうなってたか」
「おいおい。俺だって、あの日はうっすら気づいてたぞ」
「でも、私から言わないと、なあなあだった気がするんですよね」
俺の方を睨みながら、そんな事を言う紬だが、どことなく楽しそうだ。
「女の子の立場から言わせてもらうとですね」
「ん?」
「そんなに、告白のシチュエーションにこだわったりしないですよ?」
「はい。善処します」
タカも、後輩である紬からも言われて、さすがに気まずいのだろう。
しかし、タカの気持ちもわからないでもない。最高のシチュエーションでカッコよく告白したい、なんてロマンは俺にもないでもない。
しかし、シチュエーションか。
「なあ。来週、姫の誕生日だろ。その日に告白するのはどうだ?」
「姫ちゃん、来週、誕生日だったの?」
「待て待て。姫から教えてもらってないのか」
それは意外過ぎる。もう何度会ってるんだよ。
「うん。なんとなく、そういう話にならなくてね」
「それは、姫ちゃんも姫ちゃんですね」
「だよな。考えてみると、姫は、自分の誕生日も、直前に思い出す奴だった」
今はここに居ない、もうひとりの幼馴染を思い浮かべる。毎年恒例の誕生日パーティーを開こうという時でも、「あ、そういえば、そうでした」とか返しやがるのだ。天然というか、なんというか。
「とにかく、教えてくれてありがとう。今からプレゼント考えないと……」
「よし。今年は、タカも加えて、四人で誕生日パーティーやろうぜ」
「いや、そこまでしてもらうのは」
まあ、こいつならそう言うだろうと思っていたけど、そろそろ覚悟を決めてもいいだろうと思う。
「今回ばかりは聞き入れられない。このままだと、グダグダしてそうだからな」
「途中で、私たちが帰る感じで行きます?」
紬も興が乗ったようだ。
「そんな感じでいいだろ。で、どうだ?」
「ほんと、君たちには頭が上がらないね。わかった、お願いするよ」
こうして、俺、紬、タカ、姫の四人で誕生日パーティーをする計画が始まったのだった。