ザイルとの戦い
《スタープレート》を受け取り、冒険者ギルドで依頼を受けられるようになった二人は、《依頼書》――依頼の詳細が記載された紙――が《ランク》毎に張り出されている《依頼掲示板》の前で目的に合う依頼を探していた。
「――これにしよう」
「何の依頼ですか?」
ツインブはミストが持つ依頼書を横から眺めた。
その依頼は、ザイルの肉が欲しい、という趣旨だった。
ザイルは《エリア1》に生息する猿のようなモンスターだ。
ミストが襲われたように、挟み撃ちができる程の知恵があり、集団で狩りをすることも珍しくない。
味と香りの良さに加えて値段も手頃なことから、ザイルの肉は家庭でも、店でも重宝され、常に依頼がある。
この依頼は報酬も悪くなく、ダンジョン入り口付近の《エリア1》で達成可能なため、冒険者に人気のある依頼だが、油断はできない。
冒険者の死因に最も関係しているモンスターがザイルだからだ。
いつの間にか退路を断たれ、対処できない数のザイルに襲われて死ぬ――
そんな冒険者がダンジョンでよく見られる。
なぜなら、ザイル一体だとダンジョンで最弱と言われるくらい簡単に倒すことができるため、経験の浅い冒険者は注意を怠るからだ。
――だからこそ、ツインブの精神面を鍛える道具に相応しい。
そう考え、ミストはこの依頼を受けた。
そして、二人は必要な装備や道具を確認し、防具屋で購入した金貨1枚と銀貨1枚の鉄製の盾、鉄製の剣、鞄を身につける。
「準備できました!」
「――行くぞ」
二人はダンジョンの中へと足を進めた。
「……っ!」
ツインブが振り下ろした剣が一体のザイルを仕留める。
そして、その周りにあった何体かのザイルの死体と混ざった。
息を詰まらせるような血の臭いが広がる場所で、無数の返り血を浴びたツインブの姿は、新人冒険者なら誰もが通る道だ。
「……はぁ……」
実戦経験が浅いツインブは、過度に緊張した状態に陥り、自身の想像以上の早さで消耗していた。
また眼前のザイルに集中するあまり、他のザイルを認識できない程視野も狭くなっている。
それをツインブはミストに度々指摘された。
「――もう無理です……」
そんな泣き言が出るほどザイルと戦ったツインブは、もう全身が血塗れだった。
「……そうだな。そろそろ帰るか」
「ようやく帰れるんですね!」
消耗して疲れ切っていたツインブは、ダンジョンを出ると聞いて気力を取り戻す。
宿で早く寝たい――
と、考えていたツインブだったが、それは叶わなかった。
二人の前に、百体にも及ぶザイルの群れが現れたからだ。
「……なんでこんなにザイルが……」
信じられない、という顔をするツインブ。
「こんなに強く血の臭いがするんだ。集ってくるに決まっているだろう」
冷静に答えるミストにツインブが尋ねる。
「こうなることを予測していたのですか?」
「ああ。探さなくても大量の肉がやって来てくれるからな」
そう言って、ミストはツインブの前に出る。
「あれは私が片付ける。お前は可食部ではないザイルの頭を切断して鞄の中にある袋に肉を入れていろ。すぐに終わる」
「そんな!? あの数ですよ! 一緒に戦います!!」
「黙って作業していろ」
呆然とミストを見つめるツインブ。
そして、ミストは二人が話しているうちに近づいていたザイルの群れへと走り出す。
「……ア、アスリール様!!」
我に返ったツインブが叫んだ。
ミストは鉄の剣に《鋭い刃》と《形状維持》の魔法をかける。
《鋭い刃》の魔法は、鉄の刃を覆う鋭い刃を作り出し、丈夫さを優先していた剣に切れ味をもたらした。
さらに、《形状維持》の魔法で刃に加わる負荷を肩代わりし、剣の形状を維持する。
鉄剣の切れ味向上とモンスターを斬ることで生じる劣化を防ぐ魔法をかけ終え、多数のザイルを斬る用意を整えたミストは、走る速度を上げた。
急激に加速するミストは、一瞬でザイルの群れと接する。
そして――
「――え?」
ツインブの顔が驚きに染まった。
足を止めることなく、ミストは一振りでザイルを一体ずつ確実に仕留めていたからだ。
同時に何体ものザイルが襲いかかったとしても、ミストが少し進路を変えれば、そのザイルたちの動きに齟齬が起き、僅かな隙が生じる。
それを逃さず、ミストは致命の一撃を連続して与えていく。
剣だけで迎撃が間に合わないときは、鉄盾でザイルを殴るようにして吹き飛ばし、余裕があれば地面に倒れているそのザイルを斬りつけて息の根を止める。
圧倒的な強さでザイルの群れを殲滅したミスト。
その戦場の跡は、ツインブのときは比較にならない程凄惨だった。
(……ざっと九十くらいか。百はいなかったな)
持ち帰るのが面倒だ、とミストが考えていたら、ツインブが駆け寄って来た。
「あの――」
「ザイルを回収してダンジョンを出るぞ」
ミストにツインブは話したいことがあったが、遮られてしまった。
「どうした? 帰りたいんだろう? 早くしろ」
「……あっ、はぃ……」
そのままザイルを袋に入れる作業をすることになり、結局ツインブはミストと話す機会を失った。
それでも、この日見た光景を忘れることはないだろう――
誰よりも強さを求めるツインブにとって、今日の出来事でミストの強さを垣間見たときに受けた衝撃は、言い表せなかった。