幼馴染の少女のために。
「えー、つまり」
メゾの反応から、一度言葉の意味を噛み砕いたノイルは首筋に手を当てて軽く頭を傾けた。
「俺を闇の勇者とやらに指名しようと思ってた、ってことですか?」
「というかもう、君が闇の勇者なのは確定だしね。でも試験を受けてもらわないと集めた人たちが納得しないだろう?」
「その過程で、とりあえず使えそうな人材も見繕う、と」
「そういうことだね」
流れは一応、ノイルにも理解できた。
「でも改めて言いますけど、俺には勇者の適性はないですよ。あるのは剣士の適性だけです」
「それは少し違うんじゃないか?」
メゾが腕を組むと、胸の谷間に布に包まれた魔剣とやらが埋まった。
間の布地を押さえて斜めに走る筋は、腕組みで盛り上がったその双丘をさらに強調する。
ーーー俗にパイスラッシュ、と呼ばれる奥義だ。
自分に向けてそれを繰り出されたノイルは、思わず目を向けてしまう。
するとメゾは、ふふ、と笑ってからかうような声をかけてきた。
「触りたいかい?」
「いや、まだ殺されたくないんで遠慮します」
フレンドリーでも魔王は魔王である。つまり最上級の貴族だ。
ノイルは平民なので、本当ならこんなに気安く話せる立場ではない。
「ボクが良いって言ってるのに」
「だから遠慮しますって。それより、少し違うっていうのはどういう意味です?」
自分の神託が間違っていた、ということだろうか。
「君は、どんなお告げを受けたんだい?」
「だから剣士の適性があるっていう神託ですよ」
「正確な文言が知りたいんだよ」
メゾが何もかも見透かした顔で言うので、ノイルは目を閉じてこめかみをトントンと指で叩いた。
「え〜……〝汝、刃の化身なり〟ですね」
「そうだろうとも」
「……?」
満足そうにうなずくメゾにいぶかしく思いながら視線を向けると、彼女は指を立ててその言葉の意味を説明してくれた。
「それは剣士の適性を持つ、という意味ではないよ。ノイル」
「そう、なんですか?」
「ああ。それは、刃を持つあらゆる武器に適性がある、というお告げさ。つまり、君が持つのは剣聖の素質……ひいて言うなら」
そこで。
メゾは、初めて出会った時のような……底知れない覇気を感じさせる色を目に浮かべて、妖艶な舌で唇を舐めた。
「ーーー〝修羅〟の素質、なのさ」
だからボクは、君がどうしても欲しかった、と。
そんなメゾの言葉に、ノイルは特に何も思わなかった。
せいぜい、へぇ、そうなんだ、という程度である。
「なるほど」
そのせいで返事がおざなりになったノイルに、メゾはますます満足そうな様子を見せる。
「君は本当に動じないね、ノイル。魔剣も聖剣も、君ならば自在に操れるようになるだろう。勇者と呼ばれる存在すらも霞む、本当に優れた資質があるというのに、その程度の反応なのかい?」
「興味がないんで」
強くなれる才能があるのならラッキー、という程度だ。
「その才能があれば、メゾさんすらも殺せるようになりますか?」
少なくとも自分が今まで出会った中で一番強いと確信する相手に、ノイルはそう問いかけた。
するとメゾは、なぜか嬉しそうに何度もうなずく。
「もちろんだとも。だからこそボクは、君に惚れたんだからね」
ともすれば喧嘩を売っていると取られてもおかしくない言動だったのだが、彼女は本当に度量が広い。
「質問されたから、一つボクからも質問を返していいかい?」
「もちろんですよ。どうぞ」
「君はなんで、ボクの元に来たんだい?」
「ああ、それですか。大きな理由はまぁ、単に最初にスカウトに来てくれたからです」
ノイルは自分の前髪をかきあげた。
「んで一番の理由はちょっと意味なくなったっぽいんで言いますけど……ソプラが、勇者になったんで」
そしてメゾの目をまっすぐに見つめながらちょっと眉をハの字に曲げて、口もとに小さく苦笑を浮かべた。
「ーーー魔王を殺しとかないと、アイツが危ないかなー、って思って」