幼馴染の勇者が仕掛ける。
ーーーバスが、一矢報いた。
腕と目を奪われた彼が、仇敵に数十年越しにお返しした一撃は、確実な隙を作り出した。
その体を、空中で魔道士たちの指揮を取っていたチューンが受け止める。
「ザマァ見やがれ……!」
「喋らないほうがいいと思うが。とてつもない無茶をする男だな」
満足そうに笑いながら中指を立てる血塗れのバスに呆れたような声をかけつつ、そのまま後退していった。
ノイルは横目でその様子を追いながら、目を潰されて顔を手で覆うフィスモールに意識を戻す。
そこで、ソーが残像を引くほどの速度で地面を駆けると同時に、テームが剣を担ぎながら宙に跳ねた。
「グゥルァアアアアアアア!!」
「せっ!」
金粉は、時間が経つほど相手の動きを鈍らせる類いの能力らしいので、影響を受ける二人は短期決戦で最大の損傷を与えることを選択したのだろう。
トドメはソプラ、という最終目的だけは共有しているのだ。
「《虎爪》ッ!」
ソーが、かぎ爪の装備に風気を纏わせてフィスモールの巨大な足の腱を引き裂くと、テームは錫杖を持った腕に対して剣を振りかぶる。
が、そこで。
『……〝黒風圧〟』
テームが剣を降り下ろすより一瞬早く、顔を覆ったままのフィスモールが錫杖の先端を地面に打ち付けた。
ドン! という強烈な音を立てて、天から真下に向けて強烈な風が吹き付けるような重圧が体を襲い、ノイルは目を細めた。
ーーーどっちだ?
これは風魔法の一種なのか、それとも時空魔法なのか。
その判別が瞬時につかないまま足を踏ん張るが、ミシミシと全身の骨が音を立てるほどの圧力に動けなくなる。
ソーが残心の姿勢を取る前に重圧の影響を受けて地面に叩きつけられ、テームもグンッと下から引かれたように急に軌道を変更して落下する。
足から落ちはしたものの、地面にめり込むように足首まで埋まる。
ーーー風魔法じゃない……。
ただの風圧なら、あそこまで地面に足が埋まることはないだろう。
おそらく、特定範囲にいるノイルたち自身の重みが増しているのだ。
『ソノママ、潰レルガイイ……』
バスに潰された目を押さえつつ、フィスモールはフシュフシュと息が漏れるような笑い声を上げた。
ノイルはその不快な笑いに、内心で反骨を覗かせる。
ーーー逆手に取ってやるよ。……ソプラ!
共鳴を通じて語りかけると、影響下から外れている幼馴染の少女はこちらの意図を正確に理解した。
大きく膝をたわめると、英雄形態で強化された脚力を生かしてバスと同様に大きくフィスモールの頭上まで跳ねる。
銀髪をなびかせ、赤い瞳を輝かせながら両手でレーヴァテインを握った彼女は、逆手に持ち替えて切っ先を下に向けた。
「ハァアアアアア……ッ! ーーー《穿孔》ッ!」
ソプラが剣士の刺突スキルを発動すると、刀身にこもった浄化の赤光が螺旋の渦を巻く。
そして、フィスモールが展開した重力空間に突入した瞬間、ソプラが加速した。
浄火の鎧が空中に炎の縦線を描き、フィスモールを貫く一条の閃光と化して迫る。
だが。
『オメガァ……!』
聖剣の気配を察したのか、残った目でギロリと真上に向けたフィスモールが、錫杖を突き上げる。
『〝暴〟……!』
空中で、レーヴァテインの切っ先と、錫杖の先端が激突し、赤い炎と黒い風が入り混じりながら辺りに破壊のコントラストを撒き散らす。
その様子を、目をそらさずに見つめ続けていたノイルは、ソプラのスキルが押し負け、空中に聖剣が弾かれるのを見た。
「っ剣が……!」
レーヴァテインが手を離れた瞬間、動きが鈍ったソプラに錫杖の先端が迫る。
ーーーソプラッ!
鎧が消えた状態で、フィスモールの一撃を食らうのはまずい。
「【イクスキャリバー】ッ!!」
そう感じたノイルは、まだ繋がっている共鳴を介してソプラに働きかける。
キィィン、と震える自分の剣からソプラに力を注ぎ込み、浄火の鎧が消えかけるのを保持した。
腹を撃ち抜かれて宙に弧を描いた彼女は、何とか耐え切ったようで空中で姿勢を立て直して結界の外に着地する。
そこで。
「ーーーノイル、ソプラァッ!!」
テームの叫ぶ声が聞こえて、ノイルが視線をそちらに向けると……彼がこの状況下でどうやって足首を地面から引き抜いたのか、吹き飛んだレーヴァテインを手にしていた。




