ドワーフは借りを返す。
「散開!」
ノイルの掛け声で、仲間たちがパッとフィスモールの周りに散っていく。
仲間たちを散らしたのは、ラピンチの不在で壁役を担える者がいない為、下手に固まっているよりも万一の時に被害が少ないからである。
ーーーもちろん、万一なんて起こさせないけどね。
議事堂の前庭を囲っていたレンガ造りの壁は、倒れたキメラの死骸によって一部が押し潰され、残りもグニャリとへしゃげていた。
崩壊した壁の向こうにある整然としていた前庭も、魔性が暴れ回ってひどい様相を呈している。
ちらりとノイルが見上げた先にあるフィスモールの頭は、議事堂に迫る高さにあった。
巨大になった分、急所を狙うのは難しそうだが〝強欲の結界〟への対処法などは、すでに知っている。
今も、キメラから吸収したのだろう再生能力で受けた〝竜の閃光〟のダメージを回復しようとしているので、回復能力は警戒しなくても良いだろう。
ーーー吸収した能力は、使うと消える。そして吸収したスキルはストック出来る。
確か、初期職である斥候職のスキルに似たようなものがあった。
《見盗》という、相手の行使したスキルを覚えて一度だけ使用できるものだ。
違うのは、フィスモール側は自動発動という点、スキルのみでなく相手の能力まで盗める点、ストック数など、限りなく上位互換に近いのだが。
ーーーそれに、多分浄火は効く。
聖と火の性質を持つソプラの力は、フィスモールの闇と風、どちらとも相反する性質を持つ。
〈光〉と〈闇〉はお互いに弱点同士だが、〈風〉には〈火〉を盛えさせる性質がある。
そのため補助魔法としては相性がいいが、対立した場合はよほど力量に差がなければ〈火〉の方が圧倒的に優位なのだ。
魔性と化す前のフィスモール自身が風魔法を得意とする魔道士であり、おそらくはその性質を引き継いでいるだろう。
時空魔法を扱うのは厄介だが、相性の有利不利だけで見ればソプラが圧倒的に有利。
それに。
ーーーあの金粉。
バスから聞いた、人の力を奪い去る能力を持つ輝く砂のようなものが結界の中に舞っていた。
それに関しては未知数だが。
ーーー俺の力も、試してみないとね。
この青い〝英雄形態〟は、おそらくベクトルが違うだけでソプラと同様の力を備えている。
おそらくは、鏡合わせのような力だ。
ゆえに備えているのは、鎧は冷気こそ強いが氷というよりは水……澄んだ清流に似た浄化の力だろう。
しかも、ソプラの状態や今いる位置が、共鳴している力のおかげか手に取るように分かった。
彼女も配置について、おそらくはこちらの合図を待っている。
ソーもバスも因縁のある相手ではあるものの、一人で挑み、戦って勝てるほど甘くないのは理解しているのだろう。
先に始めようとはしておらず、遠くからこちらに視線を向けている。
最後に、議事堂側からこちらに親指を立てたテームを見て、ノイルは動き始めた。
「じゃあそろそろ……功績を盗りに行こうか!」
フィスモールの〝強欲の結界〟に入り込んだノイルは、肩に担ぐように構えた偃月刀を両手で握り、クンッと体を傾けるように横に捻りながら、袈裟懸けに振り下ろす。
「ーーー〝斬撃〟」
剣士の基礎スキルを発動すると、青い浄光が刃に宿った。
光の尾を引いた剣閃が、避けられることもなくフィスモールの足に喰い込む。
厚い肉が押し返してくる手応えを感じながら力を込めてに振り抜くと、紫の血が飛び散り、吹き出した瘴気が煙となって空気に溶けた。
巨大なった分、動きも鈍重になっている。
その上。
ーーーやっぱり、この力は吸収されない。
聖属性の〝英雄形態〟の能力も、発動したスキルも、全く阻害された感覚がなかった。
そして、金粉の影響もない。
ーーーなら、俺とソプラだけはこの中でも動ける。
後はタイミングだ。
ノイルは跳び退りながら、周りを見回した。
ソプラは正眼にレーヴァテインを構えたまま、こちらの合図を待っている。
共鳴によって感じる微かな気持ちも、落ち着いて集中しているのを伝えていた。
ならば。
「……ソー!」
ノイルが声を張り上げると、キッチリ準備していた彼が動く。
「オラァッ!!」
ソーが取ったのは、先ほどノイル自身の取った戦法だった。
小石二つ。
それらを高速で投擲して〝強欲の結界〟が小石の勢いと威力を吸収してストックを消したソーが両手を握り込んで、瞬時に気を練り上げる。
「オオォ……!」
周りに砂埃を巻き上げるほど濃縮したそれを、ソーが全力で解き放つ。
「ーーー《烈破》ッ!」
同時に、別の方向からバスも動いた。
既に手に握った【ミョルニル】に雷撃を溜め込んだ状態で、結界の中に飛び込んだ。
「ーーー〝弾けろ〟!」
結界に入り込んだ気功波と、雷撃を解き放ったバスをフィスモールが保持した小石の威力がパチン! と反撃を加えるが、当然大した影響はない。
雷撃と気功は、結界がスキルを放って吸収するまでの隙間を縫って、フィスモールの本体を襲った。
《烈破》の威力がブヨブヨと肥えた腹に突き刺さり、肉の一部を抉り取る。
雷撃が皮膚に突き刺さり、再生を終えた皮膚が再び灼かれた。
『……小賢シイ……』
顔を歪めたフィスモールが、バスに対して手に持った錫杖を向けた。
『〝風爆〟……』
ブォン、と音を立てて、彼の目の前に小さな黒い球が出現し、瞬時に弾ける。
強烈な爆風が避ける間もなく炸裂し、バスが大きく吹き飛んだ。
「……ッ!」
完璧に捉えられた、とノイルは思わず息を呑んだが、フィスモールの頭上近くまで舞い上がったバスは全身を引き裂かれて吹き飛びながらも、ギラリと隻眼をフィスモールに向ける。
ーーーいい位置だ。
そう呟いた口の動きの後、バスはニィ、と口の端を吊り上げた。
「〝ぶっ潰せ〟……!」
言いながら、再び雷撃を宿らせたミョルニルを思い切りぶん投げる。
斜め下に向かって、回転しながら高速で落下した神器は、ドン、と音を立ててフィスモールの左の目元に突き刺さった。
『ギィィオォォオオオオ……ッ!?』
魔法を放った直後、カウンターで加えられた一撃でフィスモールが苦悶の声を上げ……頭を押さえて出来た隙を、全員が見逃さなかった。




