闇の勇者は勇者と共に。
「イフドゥア大司教!」
「おお、少年。無事に生きて帰ったようで何よりだ」
弾き飛ばされた仲間たちと合流したノイルは、『イフドゥアの近くにいる』というラピンチの言葉を受けて、中央広場に来ていた。
するとチューンが、手を挙げてヒラヒラと振るイフドゥアの横からいきなり問いかけてくる。
「あの合成獣を操ってるのは君か?」
「キメラ?」
言葉の意味が分からずにノイルが首を傾げると、イフドゥアが言い添えてくれる。
「ニュートリノ・タイラントサウルスのゾンビだ」
「ああ、そうですよ。と言っても、『フィスモールに襲い掛かれ』って言っただけですけど」
「メゾの魔導具だな?」
「ええ。でも、不利みたいですね」
議事堂の前では、金粉を撒き散らしてキメラの動きを鈍らせていたフィスモールが、再びあの紫の〝強欲の結界〟を展開している。
言っている間に、キメラ負けてしまう可能性の方が高そうだ。
「フィスモールね……やっぱ、ありゃフィスモールなんだよな?」
「ええ」
聖剣の間で起こったことを手短に話すと、イフドゥアはうなずいた。
「随分と図体がデカくなったもんだ」
「この状況で出てくる感想がそれだけなんですか……?」
オブリガードが感心半分、呆れ半分といった表情を浮かべるのに、イフドゥアは肩をすくめる。
「おたおたしてても仕方ねぇだろ?」
「それはそうですけど」
「潰し合いをしてくれるなら好都合だが、これ以上周りへ被害を撒き散らされると復旧にめちゃくちゃ金がかかるしな……キメラの対処で集めた連中に、結界を張らせよう」
そう告げた大司祭がチューンに目を向けると、彼女は軽く息を吐いた。
「面倒だ」
「後で書類仕事に追われるのとどっちがマシだ?」
「書類仕事」
即答しつつも、チューンが【賢者の札】を取り出しながら再び浮かび上がり、指揮を執るために飛んでいく。
「……飛翔魔法って、古代に失われた遺失魔法じゃなかったっけ?」
魔道士教会の長は、そうした魔法でも復活させたのだろうか。
ノイルの疑問に、イフドゥアがニヤリと笑う。
「ちっと特殊なヤツなんだよ。それよりも、フィスモールの話だが」
「それについては文句を言いたいですね。聖教会はあんな化け物を飼ってたんですか?」
「俺も今初めて知ったしな。ま、ヤツが消えるのは好都合だ。オメガも、フィスモールがああなった以上、文句は言わねーだろうしよ」
チラリと聖剣に目を向けたところを見ると、彼はその秘密を知っているらしい。
「レーヴァテインに宿ったという、聖剣を所持していた先代の魂について、何か知ってるんですか?」
「ちょっとした旧知でな」
「かなり昔に死んだはずですが……」
「ハーフエルフは寿命が長くてな」
意味ありげに笑ったイフドゥアは、こちらの言葉を訂正する。
「それに、オメガは先代じゃねぇ。先々代だよ」
「ソプラの前に、さらに誰か持ち主が?」
「ま、そういうのは追々話そう。事態が解決した後にでもな。……なぁ、テーム」
「そーだな!」
イフドゥアの問いかけに、二カッと笑って親指を立てた青年が誰なのか、ノイルはそこでようやく気づいた。
「あ」
「よう、ノイル! 早い再会だったな!」
以前、山道で戦った剣士は無口で無表情だったのとは一転して明るい雰囲気を纏っていたので気付かなかったのだ。
あまりの変わりように、思わず問いかけてしまう。
「……山での態度は、演技?」
「ちょっとだけな! 外ではなるべく話すなって言われてたからさ!」
「何で?」
「オレ、イフドゥアの仲間でさ! 外ではオブリガードの護衛だったんだよな!」
「え!?」
オブリガードが目を見張り、イフドゥアを見る。
「さすがに一人で外に出してたら危険だろ。信頼できるヤツくらいつけるさ」
「イフドゥア大司祭……」
嬉しそうな様子のオブリガードからこちらに目を向け、大司祭は片目を閉じた。
「まぁ、ボウズは手合わせして、スカウトまでしたから分かってるだろうが、コイツは強い。が、口が軽くてな」
「なるほど」
うっかり口を滑らせて、テームの正体がバレたら困る、ということだったのだろう。
「さて、無事に聖剣も勇者の手に渡ったようだし、アレを始末して少しのんびりしたいところだが」
「あ、それについては考えがあります」
イフドゥアが何かを言うより先に、ノイルはフィスモールを親指で示した。
そこで、戦う魔性どもの周りで聖なる光が浮かび上がり、街に被害が出ないよう囲うような結界が出現する。
「ソプラの浄火なら、フィスモールにダメージを与えることが可能です。彼女を中心に結界内部で戦いたいんですが」
「ふむ?」
イフドゥアは、軽くアゴヒゲを撫でた。
「しかし、覚醒したばっかりだろう? 確かに才能はありそうだが」
スン、と鼻を動かした彼に、ノイルはニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「俺たち、〝勇者の祭典〟に参加しようと思ってるんですよ。それで、ソプラに功績が欲しいんです」
それだけで、イフドゥアはノイルの言いたいことを察したようだった。
「ハク付けか」
「ええ。かつて魔王に傷をつけた聖剣を手にした勇者が、強大な魔性を倒したとなれば、知名度の面から見てもかなりの功績になりますよね?」
「ハッタリは、確かに大事だ」
楽しそうに応えた彼は、大きく手を広げる。
「が、成し遂げられるか? 弱らせる手助けくらいはしようかと思うが」
「なら、お願いします。要はソプラがトドメを刺せばいいので」
「ってノイル!? 何勝手に話を進めてるのよ!?」
口を挟んできたソプラに、ノイルはわざと驚いたような表情を浮かべてみせる。
「え? 自信ないの?」
「あるに決まってるでしょ!?」
「ならいいじゃない」
そーゆー話をしてるんじゃないのよ! とギャンギャン吠えるソプラを放っておいて、ノイルはイフドゥアに目を戻す。
「では、俺たちは前線に向かいます」
「おう、期待してるよ。支援は任せとけ」
キメラは、すでに負けそうになっていた。
フィスモールは手傷を負いながらも、金粉で動きが鈍ったタイラントの再生能力を強奪したようで、傷がみるみる癒えていく。
時間稼ぎはここまでのようだ。
ソーとバスはこちらの合図を焦れたように待っていて、アルトは不安げな表情を見せている。
「オブリガードは聖剣と契約してるから、その力を増幅出来る。連れて行かせたいところだが……」
イフドゥアは、あまり戦いが得意ではない娘同然の少女を前線に赴かせるのは、乗り気ではないらしい。
「力を増幅させるだけなら、多分俺でも出来るから大丈夫ですよ」
「何だって?」
尋ね返してくるイフドゥアを、少しは驚かせることに成功したらしい。
落ち着き払った様子のこの男の表情を笑み以外のものに変えさせたことに少し満足しつつ、ノイルは片手剣を掲げた。
ーーー双極の剣【イクスキャリバー】。
レーヴァテインを目にしてから、この魔剣はまるで喜んでいるように幾度か震えた。
それを感じる内に、ノイルは自分が新たな力を得られそうな予兆を覚えていたのだ。
イクスキャリバーは、自分の成長に合わせて共に育つ剣だとメゾは言った。
ーーーソプラが傷付けられた時の激情に反応して、凶化の力を得た。
なら、彼女が聖剣を得た時の喜びもまた、剣と自分に力を与えてくれるはずだ。
ーーーソプラを、より高める力を、俺に。
意識を集中したノイルが、剣のリィン、リィン、と鳴る鼓動のような震えに合わせて呼吸を整えると、一つのイメージが脳内に浮かぶ。
それは、長大な柄と大きな青の宝玉を持つ偃月刀の姿。
同時に浮かんだ呪文を、ノイルはそのまま口にした。
「ーーー〝英雄形態・奉化〟」
ズォ、とイクスキャリバーから湧き上がったのは、月光のような青い冷気。
片手剣全体が同じように青く染まって形を崩し。頭に浮かんだ姿そのままの偃月刀へと変化する。
偃月刀はレーヴァテインと共鳴し、ソプラの体が再び浄火の鎧に包まれる。
同時に、ノイルの【風の鎧】も白く染まり、青い冷気の鎧を纏った。
「え? なんで、スキル使ってないのに力が湧き上がってくる……!?」
「多分、俺とソプラの力が相互に増幅し合ってるんじゃないかな。多分、この英雄形態がそういう力の性質を持ってるんだ」
ノイル自身も、ひどく体が軽い。
「一人じゃ厳しくても、これならイケそうじゃない?」
「……いや、桁外れだな」
いっそ呆れた様子のイフドゥアに、軽くうなずいてから、ノイルは言った。
「オブリガードと、それにアルトをお願いします」
「え?」
名前を呼ばれたアルトがこちらを見るのに、ノイルは肩をすくめてみせた。
「オブリガードの解毒をずっと続けてたし、聖剣の試練でもずっと冷気の魔法を使い続けてたから、疲れてるでしょ? 正直、今のままじゃ荷が重いと思ってるんじゃない?」
「う……」
ソプラやノイルと違い、そもそもアルトは魔道士であり、魔法はそうそうお手軽に力が増すような便利なものではないのだ。
こちらのブーストにしたって、神器の力によるところが大きいのである。
「じゃ、行ってくるね」
「悪いが、ラピンチは預からせてくれ。……少し頼みたいことがある」
代わりにテームをつける、と言うので、ノイルはうなずいた。
「分かりました。……あなたの話も、ラピンチの話も。この件が終わったら聞きたいですね」
「存分にな」
そうイフドゥアが答えたので、ノイルは連れて行く仲間たちを見回した。
「行こう。ーーー今度こそ、フィスモールに引導を渡さないとね」




