闇の勇者はトドメを刺す。
部屋を覆った浄火の波が薄れた後。
赤々と火勢の残滓が残る中に、ソプラがいた。
祭壇の中心で剣を握り、こちらを見て銀の髪をたなびかせている彼女が宙に浮いており、ゆっくりと目を開くのと同時にトン、と地面に降り立つ。
それと同時に、ソプラはポツリと声を漏らした。
「〝英雄形態・炎化〟……」
スキルを発動した途端、彼女の姿に変化が起こる。
身に纏う【風の鎧】が、緑から朱染まり、祭壇を覆っていた浄火が、引き寄せられるように彼女に向かって収束していった。
簡素な【風の鎧】を彩るようにソプラの体にまとわりついた炎は、より荘厳に彼女を着飾り、その場で燃え盛ったまま安定する。
ーーー綺麗だな。
ノイルは、どこか神聖で凛々しい雰囲気を纏っている彼女に、少しの間見惚れた。
無事に、勇者として聖剣に選ばれたのだろう。
ーーーまぁ、俺のソプラなら当然だけど。
気分が高揚しつつも、当たり前のこととしてそれを受け止めたノイルの耳に、呻くような声が届く。
「オメガ……なぜ、あなたの理想を叶えようとするアルファの邪魔をするのです……!」
目を向けると、皮膚が焼けただれたように真っ赤に染まり、錫杖にすがるように立っているフィスモールが、聖剣とソプラを睨みつけていた。
どうやら強欲の結界を解除して難を逃れたようだが、それでも深刻なダメージを負っている。
彼が口にしたオメガという名前にはどこか聞き覚えがあるような気がしたが、思い出せない。
そしておそらく、アルファ、というのが聖剣を封じるのをフィスモールに命じた相手なのだろうが。
ーーーナンヤテの最高司祭は、ディ・ガンマって名前じゃなかったかな?
そんなことを考えながら。
膝をついていたノイルは、立ち上がりながら彼に向けてイクスキャリバーを構えた。
「形勢逆転だね」
しかしフィスモールは、声をかけたこちらを見向きすることもなく、ブツブツとソプラを見ながら怨嗟に似た声を漏らし続けている。
「……認めませんよ……私が、唯一手に入れられなかったものを手にした貴方が……彼女を裏切るなど……断じて、認めません……!」
その声が聞こえたのか聞こえていないのか、ちらりと彼を見たソプラだったが、すぐにアルトとオブリガードに目を移す。
「無事なの?」
「解毒したわ! 助かった!」
アルトが信じられない、とでも言いたげな声を上げると、彼女はうなずいてようやくフィスモールに目を向けた。
「なら、貴方を叩きのめすのに遠慮はいらないわね。って言っても、もう虫の息っぽいけど」
「一緒にやる?」
フィスモールに無視されたノイルがソプラに問いかけると、彼女は手にした聖剣【レーヴァテイン】を緩やかに掲げて、うなずいた。
最初に目にした時よりも小型で細身になっているように見えるのは、あの聖剣もキャリバー同様所有者に合わせて姿を変えるのだろう。
「当然よ。オブリガードに手を出したことを、死ぬほど後悔させてやるわ!」
そんな風に彼女が吼えたところで、フィスモールが低く声を漏らした。
「彼女の望むものーーー貴方を、私は、手にし続けなければならない……!」
凄まじい執着を秘めた目で、ソプラを……正確にはその手に持つ聖剣を凝視していた彼を、再び紫の煙が包み込む。
その源は、王冠のような頭を持つ錫杖。
「私のもので、在り続けないのならばーーーいっそ、この世から消えるがいい……ッ!!」
ついに本性を見せたらしいフィスモールが、魔力を錫杖に凝縮していく。
メゾから預かり、ニュートリノ・タイラントサウルスを吹き飛ばした【破聖の欠片】に匹敵する圧力を感じたノイルは、目だけでソプラに合図して大きく踏み込んだ。
パキパキパキ、とフィスモールの周りの空間がひび割れるような幻影が浮かぶ。
ーーー時空魔法!
風魔法の使い手は、極めると転移魔法や時間に関する魔法を行使できるようになるらしい。
彼が今使おうとしているのも、恐らくはそうした魔法の一種なのだろう。
逃げようとしているのか、あるいは、ソプラごと聖剣を吹き飛ばそうというのか。
どちらにしたって、そんなことはさせない。
「……ソーッ!」
ノイルは突き立てるように剣を腰だめに構えた姿勢で走り抜けながら、仲間に声をかける。
フィスモールの後ろで、タイミングを計っていた虎の獣人に。
「テメェだけは……絶対ぇ、逃さねぇ!!」
ガバッと、完全に不意をついて自分よりふた回りは小柄な男に抱きついたソーは、そのまま体を締め上げる。
「ガァ……! 邪魔を、するなァ!」
そのまま、ミシミシと骨が軋む音を立てながらも、フィスモールが魔法を保持したままソーに錫杖の先を突き立てようと腕を振り上げる。
しかし、フィスモールの気が逸れた隙に、新たなスキルを手に入れて身体能力が増したソプラが踏み込む。
「これ以上、好き勝手させないわよ!」
勢いのまま跳ねたソプラが、横薙ぎに放ったレーヴァテインの一閃が、大司祭の右腕を斬り飛ばす。
「……ッ!!!」
大きく目を見開いたフィスモールが、吹き飛ぶ錫杖と自分の腕に目を向ける。
そこに。
「ーーーこれで、終わりだね」
がら空きの胸元に飛び込んだノイルは、胸の中心近く……フィスモールの心臓に、イクスキャリバーを突き込んだ。




