美女の魔王に出迎えられる。
転移魔車は、ノイルを乗せたら当然転移した。
そして、あまりにもすぐに目的地に着いた。
「終点、〝魔の都・魔王城前〟です」
「乗ってから1分も経ってないんだけど……」
早く着くのはいいが、これでは旅の風情も何もあったものではない。
どことなく納得いかないまま降りたノイルの目の前には、異国の風景が広がっていた。
「お〜……!」
魔の都は、想像していたのとは少し違った。
物語の中ではおどろおどろしいドクロなどをあしらった外観の城で、周りを魔物のような者が練り歩いている……そんな感じに描かれていたが。
目の前の魔王城は色こそ黒いものの、センスの良い装飾が施された優美な外観をしており、魔の国の国旗が尖塔の上にたなびいている。
「おぉ、来たねノイルくん!」
不意にカツカツカツ、と足音が響き、石畳の上を一人の女性が歩いてきた。
羊のような二本のねじれた角を頭の脇に生やした、紫の髪に褐色の肌の美女である。
魔族の特徴である赤い瞳を持ち、胸元どころか肩の半ばまでむき出しになった黒く体のラインがはっきりと浮かぶタイトなドレスを身に纏っていた。
背が高く、スレンダーなソプラとは違ってメリハリの効いた体つきをしている彼女は、チェーン付きの丸メガネをかけていた。
「参りました、メゾ陛下」
「はは、そんなにかしこまらなくて良いよ、ノイルくん。ボクのことは気軽にメゾおねーさんと呼んでくれたまえ」
彼女は手に細長い黒の布包みを抱えたまま、ちらりと牙を覗かせて快活に笑った。
「あ、そうですか? じゃ、遠慮なく」
慣れない仕草で頭を下げていたノイルが頭を上げると、メゾは満足げにウンウン、とうなずいた。
このフレンドリーな彼女こそが、この国の支配者である女性……魔王メゾその人である。
歴代魔王の中でも特に敏腕で交渉力に優れ、人族とのいさかいや、大森林から現れる魔物の対処などを瞬く間に収めたらしい。
人づてに話を聞いただけなので事実かどうかは分からないが、少なくとも嘘ではないだろう、とノイルは思っていた。
「直々に出迎えてもらえるとは思いませんでした」
「うん、少しだけ話したいことがあったからね。ああ、部屋にはすぐに案内できるようにしてあるけど、荷物を置いたらすぐにボクのところに来て欲しい。それで、君には試験を受けて欲しいんだ」
「試験、ですか?」
キョトンとするノイルに、メゾはニッコリとうなずく。
「うん。すごく簡単な試験なんだけど、開催日が今日でね。その為に養成学校卒業式の今日、性急ながら君に来てもらったんだよ」
「はぁ。どんな試験なんです?」
なんとなく聞いた方がいいだろうな、と思ってノイルが問いかけると、メゾはまるで何でもないことのように手の中にある黒い包みを掲げた。
「ーーー今から闇の勇者を決めるために、この剣の争奪試合をするんだよ」
「……は?」
「人族の世界には、勇者の適性を持つ者を集めて四年に一度戦う大会があるだろう?」
「ああ、勇者の祭典ですね」
「そうそう。最近人族との関係は良好だからね。我々もそれに参加させてもらえることになったのさ」
魔の国が正式な同盟加入国になった、という速報を聞いたのは一年ほど前だったな、とノイルは思い出す。
オリンピアは、ただでさえ希少な勇者の才能を持つ者たちの中でもさらに選りすぐりの者たちを集めて、人族各国が名誉をかけて競う大会である。
参加条件は、まず勇者の資質があること、次に聖剣や魔剣の主人と認められていること、冒険者としての実績があること、そして王に選ばれること、の四つだ。
この大会によって国際社会での地位が決まるので、どの国も必死である。
ソプラが『勇者の資質あり』と神託を受けた時に学校中が湧いたのもそうした理由だった。
だが。
「俺、勇者の適性とかないですよ?」
「いやあるよ。だってボクが見初めたんだからね」
一応伝えてみたが、メゾはノイルの言葉を一蹴した。
「それに魔王が勇者を指名するっておかしくないですか?」
「だから闇の勇者なんじゃないか」
これもれっきとした魔剣だよ? とメゾは手の中の包み布をポンポンと叩きながら片目を閉じる。
「そもそも勇者って魔王を倒すためにいるんじゃ?」
「それは誤解だね。でもその話は追々しよう。
ーーーなんか思ってたのと違う話になって来たなぁ。
ノイルは頭を掻いた。
魔王軍に入るのだと思っていたが、どうやら本当に冒険者に近い生活をしなければならなくなるかもしれない。
「ちなみに試験に落ちたら俺はクビですかね?」
「ん?」
メゾは意外なことを聞いたような顔で、首をかしげる。
「そんな場合のことは考えてなかったな。この試験も中止にしようかと悩んだくらいだし」
「……?」
話の流れが全く読めない。
「闇の勇者、が必要だから試験を開いたんですよね?」
「そうだよ。ちゃんと数ヶ月前から告知もしてた」
「でも、中止にしようかと思ったんですか?」
「うん。まぁ集めた中に有能な人材がいて、魔王軍にスカウト出来るかもしれないしいいかなって」
「いや、中止にしようと思った理由の話をしてるんですけど」
「え?」
「え?」
ノイルはメゾと、お互いに顔を見合わせる。
話がどこか噛み合っていないな、と思っていると、美しい魔王は不思議そうな顔のままこう言った。
「だからそれは、君を見つけたから、だってば」