闇の勇者は、一撃を加える。
ノイルはソプラが炎に包まれた瞬間、スライムの松明を手にして仕掛けた。
そちらに気を取られていたフィスモールだったが、ノイルが結界に到達する直前に錫杖を構える。
「……〝風裂刃〟」
「!」
相手の行使した攻撃魔法に、とっさに方向を切り替えて脇に跳んだノイルの背後で、炸裂音と共に辺りに無数の風の刃が渦巻いて広がる。
「ラピンチィ!!」
フィスモールが放ったのは、風の魔法である〝風刃〟の上位魔法である。
敵味方関係なくその中に巻き込まれた者を切り刻む凶悪な魔法は、効果範囲も格段に広い。
風の刃は、地面に伏せるようにして避けたノイルの頬を浅く薙いだだけだったが、その威力がアルトとオブリガードにまで迫っていた。
「ーーーッちょっと手に余るなぁ、ナァ!?」
言いながらもアルトらの前に仁王立ちして盾を構えたラピンチは、切り裂く刃の威力を防ぎ切ったものの暴風の圧によって吹き飛ばされ、後ろに倒れ込んだ。
ーーーなぜ攻撃魔法が使える?
司祭……すなわち聖職にある者が使える魔法は、聖属性の魔法のみのはずだ。
だがそこまで考えたところで、ノイルは自ら自分の考えの甘い部分を悟り、舌打ちした。
ーーーそりゃ大司祭名乗ってるのを、そのまま信じた俺が悪いか。
よく考えたら、彼は今の今まで聖魔法を行使していない。
回復魔法も使っていなければ、防御魔法だと思っていたのは相手の力を吸い取る結界だったのだ。
フィスモールは、実際には魔道士だったのだろう。
肉弾戦が不得意なのも、結界の力に頼り切っていたように見えたのも道理だ。
彼は、ギリギリまで自分の力を隠し通しておきたかったのだ。
「……外しましたか」
その証拠に、フィスモールの表情は苦い。
手の内を明かした以上、ここからは手加減抜きで攻撃してくるだろう。
そうなる前に。
ーーー集中しろ。
ノイルは剣に意識を集中しながら、山で戦った剣士の太刀筋を思い出す。
〝英雄形態・凶化〟に、彼の使った速剣スキルを合わせれば、フィスモールの反応を超えるはずだ。
「……〝突貫〟」
見様見真似の、速剣スキル。
足に籠る力が増して、スキルが発動する。
ーーーよし。
二重の加速を重ねたノイルは突きを放つ姿勢を保ったまま、超高速で結界に肉薄する。
どうやら、こちらの相手をするよりも炎に包まれた祭壇が気になり続けているらしいフィスモールは、また反応が遅れた。
それでも敵は、集中することすらなく、こちらに向かって火の下位攻撃魔法を放って来る。
「……〝炎弾〟」
が。
ーーーよそ見してて勝てると思うのは、俺たちをナメすぎだよ。
ノイルは剣を突き込まず結界の直前で制動すると、剣を握った手の人差し指と親指の間に挟んだ小石で、指弾を放つ。
同時に、逆の手に握ったスライム松明を炎弾めがけて叩きつけた。
小石が結界に入った途端に勢いを失って地面に落ちるのを見ながら、ノイルは衝突した瞬間に木の持ち手から手を離し、頭を下げる。
ドン! と音を立てて結界の境界線で炸裂した炎の威力で、スライム松明が溶けて飛び散った。
「……ッ!」
炎と溶解液の飛沫に焼かれながらも、ノイルはフィスモールの体が軽く透明化し、向こうの景色が透けるのを確認する。
ーーーよし!
「アルトォ!!!」
「ーーー〝炎弾〟ッ!!」
ノイルの合図に答えて、アルトが魔法を放つ。
結界の性質……触れたモノの能力を取り込むというそれを利用した勝算。
自動発動する性質によって、スライムの性質を取り込むのをフィスモールは防げない。
スライムの溶解液の性質の第一は、溶かすことではなく……液体であることなのだ。
中に取り込んだものを溶かす能力を得る以上、その液体の性質も取り込まなければおかしい。
「焼け落ちろ!」
「無駄ですよ」
フィスモールは、結界に到達した炎弾に『指弾の威力』を行使した。
結界の表面で、攻撃魔法が弾ける。
ーーー防がれた。
しかし。
ーーーまだだ!
ノイルは地面に両手をつき、パチパチと火を上げて焼けながら地面に落ちかけている松明の柄を、すくい上げるように右足で結界の中に蹴り込んだ。
蹴った威力で半ばから折れた木の柄は、逆にそれが功を奏す。
先に結界に入り込んだ柄の火がフッと消え、後から入った方が勢いそのままにフィスモールに向かっていく。
「が、ァ!?」
初めて攻撃が当たり、腹を焼かれたフィスモールが体を折る。
同時に相手の集中が乱れたからか、結界が消滅した。
さらに、予想外の出来事がそこで起こる。
祭壇を包んだ炎が大きく膨れ上がり、弾けたのである。
「……!?」
祭壇の間全体を包み込むように広がった炎に、ノイルは息を飲んだが……その炎は、ノイルの体を包み込みはしたものの焼くことはなかった。
「なんだこれ……?」
燃え盛っているのに全く熱くないそれに、ぽかんとしていると。
「これは、浄火……!? オブリガードが……!」
見ると、アルトの驚きの声と共に、炎に包まれたオブリガードから黒い何かが立ち上っていき、顔色が元に戻っていく。
聖属性の炎……それも実体ではないのだろう。
おそらくそれは、瘴気のみを祓うものなのだとノイルは推測する。
そして、もう一つ。
「グァあああああああああああああああああああッッッ!!!!」
浄火に包まれたフィスモールがなぜか絶叫を上げると同時に、彼の体からもオブリガードのものと同様の瘴気が吹き上がった。




