闇の勇者と、勇者の少女と、謎の竜人。
ーーー時間は少しさかのぼる。
ソプラは、毒に侵されたオブリガードを見つめながら、アルトに問いかけた。
「ねぇ、顔色がどんどん悪くなってるわよ!?」
解毒の魔法をかけているはずなのに、彼女の顔はもう土気色に近くなっている。
目を閉じ、不規則な呼吸をしているオブリガードの額には脂汗がびっしりと浮かんでおり、気を失っているようで体から力が抜けていた。
「全力でやってるのよ! でも効かないのよ!」
アルトは、珍しく激しい感情を露わにした。
唇を噛み締めている彼女も、こちらも病人なのではないかと思うくらい蒼白だった。
「何で……」
確かに解毒の魔法は、万能の魔法ではない。
しかしこの魔法は、かなり強い毒草による症状の進行も抑えられると教練で習ったのだ。
「多分、オブリガードを蝕んでいる毒は、瘴気を含む、呪いに近い邪毒……!」
「瘴気の毒!? 聖女の腕輪に!?」
「もしかしたら、聖気の光魔法なら浄化出来るかもしれないけど……私じゃ使えない……」
この街に着いてからこっち、ソプラには信じられないことばかりが起こっていた。
ーーー聖協会っていうのは、神様を信仰してるんじゃないの!?
権謀術数渦巻く、だとか、中身が腐っているだとか、確かにノイルは散々言っていたけれど。
聖剣に向かう交渉の時も、聖架軍の話も、そしてさっきまで受けていた聖剣の試練も、そこには負の感情が渦巻いていた。
そして、今も。
聖教会の一番上の方にいるはずのフィスモールは、冷酷なほどあっさりとオブリガードを始末しようとした。
幼い頃から通っていた聖協会の神父様は、優しくて、慈悲に溢れた方だったのに。
ーーー何でよ。
『神は人を救う』と、それが聖教会の教えだったはずなのに。
人々を助けるのが聖剣だと、口にしたんじゃなかったのか。
その舌の根も乾かないうちに、差し伸べるはずの手で、悪意を振りまく人間が、大司祭だと。
「……ふざけんじゃないわよ……!」
ソプラは、それを間違っていると思った。
勇者の神託を受けた時から、今まで勇者らしく振る舞うことなんか、出来ていないし、自分の行動が全て正しかったとも思っていないけれど。
それでも、信じてきたものが壊れていく中で、最後に湧いた感情はーーー怒りだった。
「剣なんて、たかが道具じゃないのよ……!」
「ソプラ……?」
「そんなものに……他人を縛りつけてまで、人を殺してまで守るような価値なんか、ないわよ!!」
頭が沸騰したソプラは立ち上がりーーそのまま、聖剣に向かって駆け出した。
「ソプラ!?」
「聖気を発するものなら、目の前にあるのよ!」
誰かがアレの所有者になれば、それでオブリガードが救えるかもしれない。
ーーーなら、私が手にしてやるわ!
そして、剣に人生を縛られて殺されようとしている彼女を救う。
ーーーそんで、あんなものがあるから、オブリガードが殺されなきゃいけないっていうなら。
ソプラは真っ赤な剣に向かって……理不尽を押し付ける元凶なっているモノに向かって吼える。
ーーーオブリガードを救った後に、私がへし折ってやる!
そうして、剣の安置された祭壇に足をかけた瞬間。
真っ赤な閃光を剣が発して、ソプラの視界を強烈に灼いた。
※※※
ーーー状況が動いたね。
ノイルは、聖剣が光を放った直後にソプラを巻き込んで吹き上がった炎の柱を見て察した。
おそらく、彼女を包み込んだアレはただの炎ではない。
手の中にあるイクスキャリバーが、強大な聖剣の力を浴びて歓喜に打ち震えていた。
炎の聖剣【レーヴァテイン】の、真の試練が始まったのだ。
ノイルは、笑みを消して厳しく表情を引き締めたフィスモールを眺めて、そう確信していた。
だが、猶予はあまりない。
少なくともオブリガードの命が尽きる前に、大司祭との決着をつけなければならないのだ。
しかし、突破口は見えている。
「アルト、教練4番、FGA:Sm/w!」
呼びかけると、丸メガネの少女が軽く背筋を伸ばした。
その後、ノイルは手にした擬似スライムの松明で、コンコン、と床を叩く。
教練4番は、対人戦闘陣形。
指示の内容は『ノイル自身を起点とした現状を維持しながら、指示を待って指定の弱点魔法を行使しろ』である。
かすかにうなずいたアルトから、続いてバスに目を移す。
傷そのものは浅かったようで、首に布を巻きつけたドワーフはミョルニルを取り上げてニィ、と笑みを浮かべた。
そのすぐ横では、ソーも痺れがようやく消えたのか、全く覇気の衰えていない目で敵を睨みつけている。
どちらも、フィスモールを殺る気満々だった。
ーーーじゃ、始めようか。これで終わりにするつもりで。
ノイルはそのまま、声すら発さずにスルリと大司祭に攻撃を仕掛けた。
※※※
それらの一部始終を見守っていたラピンチは、下アゴを指先で掻きながら渋面で周りを見回した。
ーーーこれはちっと、俺っちの手に余るナァ。
イフドゥアたちが外にいるので、フィスモールさえどうにかすれば彼らに連絡はつけられるのだが……さすがに、ここの繋がりがバレるのはいただけない。
ーーー隠し事ってのは、面倒臭いんだよナァ。
元々、大して頭も良くないのに、成り行きでノイルとパーティーを組むことになってしまったために、スパイの真似事をメゾにさせられているのだが。
ーーー正直、こうなると全部バラしちまいたくなるよナァ。
正直、秘密を暴露さえできれば、こんなまどろっこしい状況は一気に突破できる。
だがそれをしたら、後々さらにややこしい目に遭うのはほぼ確定だった。
本当にどうしようもない状況、と判断するのは、ノイルもソプラも失敗した時だろう。
どちらの動きも見極めてからでないと動くに動けないし、上手くいってくれれば動く必要もない。
ーーー頼むぜ? ナァ?
ラピンチは、ノイルとソプラと……そして、大昔に目にしたことのある懐かしい聖剣に向かって、心の中で手を合わせた。




