闇の勇者は確証を得る。
ノイルは、フィスモールの張ったフィールドを観察しながらバスに指先で合図を出した。
ーーー全力を叩き込んで。
こちらの仕草を確認したドワーフは、初めて戦った時のような構えを取った。
そして、バチバチとミョルニルに雷撃を弾けさせながら力を溜め始める。
次にソーに目を向けたが、まだ麻痺状態のようで背中を丸めたままフィスモールを睨みつけている。
ーーーとりあえず、突破の糸口が欲しいよね。
ノイルは先ほどハッタリを決めたが、何も一見で相手の能力特性を完全に看破したわけではない。
『敵の能力を自分の力に転化する』という相手の能力そのものは破格。
しかし、性質が知れれば弱点なども読みやすくなるのだ。
ーーー必ず、弱点はある。
本当に全ての力を取り込んで自分のものに出来るのなら、聖教会の中で敵対者を残しておく必要などない。
さっさと始末して、自分に従う者たちだけを残せばいいのだ。
例えば、フィールドの許容量を超える力は取り込めないだとか。
例えば、フィールドを張っている間は他の魔法を使えないだとか。
例えば、逆に弱体化の魔法も取り込んでしまうだとか。
利点だけではなく、その性質に合わせた不利な点が必ずある。
それを見抜ければ。
「オォオオオォッ! ーーー〝砕け、ミョルニル〟!」
バスは、十分な雷気を溜め込んだ神器を投擲した。
最大威力を込めて投げれば、敵の頭を砕いて手元に戻ると言われるそれは、回転して雷撃を撒き散らしながら宙を疾る。
が。
「ーーー無駄ですよ」
ス、と王冠の錫杖を眼前に持ってきて柄頭近くにもう片方の手を添えたフィスモールは、ミョルニルがフィールドに入った瞬間にカッと目を見開いた。
すると、雷撃が光に吸い込まれるように消え失せ、回転を緩めたところを錫杖で弾かれる。
打ちて戻る性質は消えなかったようで、弾かれたミョルニルは弧を描いた後にバスの足元にカラカラと転がった。
そこで、ノイルは一つ試してみた。
雷撃を纏う紫のフィールドに向けて、洞窟で待っている間に拾った石を取り出して、軽く投げる。
ヒュ、と飛んだ石は、紫のフィールド表面でバチッと音を立てて弾け飛んだ。
「何をしているんです?」
「……」
フィスモールの問いかけには答えず、続いてもう一つ。
今度は、フィールドの触れた途端、バチバチと雷撃を受けて焦げ付きながら地面に落ちた。
さらに一つ。
今度はフィールドに入り込んだ石が、速度を緩めてフィスモールに届くことなく下に落ちる。
「倒す、と意気込んでいたわりに、手がありませんか?」
「ッ!」
相手が錫杖を振ると、パン! と音を立てて礫のような衝撃波が風の鎧を撃つ。
大した威力ではないが動きを止めたノイルは、ダラリと体の脇に剣を下げた。
ーーーなるほど。
あのフィールドに関するカラクリが読めた、と思った直後に、相手が動く。
「ではそろそろ、こちらから行きますよ」
ふわりと司祭服の裾が浮き、フィスモールはゆったりとバスに迫ったが…… バスがフィールドの範囲内に入った瞬間、明らかに動きが加速する。
「バスッ!」
「……!」
隻眼をギラリと光らせたバスは、敵の移動に合わせて紫のフィールドに飲まれる前にミョルニルを構えていた。
ノイルは超加速を使用して、二人の元へ駆け出す。
「ーーー〝加速〟!」
そこに到達するまでの数瞬、バスは意地を見せた。
フィスモールの錫杖が刺突で喉を狙うのに対し、最小の動きでミョルニルの柄尻を跳ね上げて軌道を逸らし。
明らかに動きの鈍い体で首を傾けて、ギリギリで避ける。
だが首の皮を裂かれたのか、パッと赤い血が飛び散り……。
「……オォオッ!! 〝穿孔〟!」
そこで、ノイルがフィスモールに対し、横から螺旋の威力を纏う刺突を撃ち込んだ。
「はは……無駄ですよ……」
バスの速度を奪ったフィスモールが錫杖をそのままこちらに振り落とした瞬間、キャリバーが纏っていた螺旋の威力が消え、相手の得物に宿る。
ーーーこちらの予想通りに。
「〝反発〟」
あえて『虚』のまま後ろに重心を残していたノイルはそのまま突きを止めて、ヒュ、と腕先だけで剣先を刎ね上げた。
その刃が錫杖と当たると、こちらのスキル効果により相手のスキルの威力が消える。
「……?」
「そうくるだろうと思ったよ」
自分の超加速を奪われる前に紫のフィールドを抜けたノイルは、そのまま入り口近くに跳んだ。
そして、アルトがオブリガードに駆け寄る際に取り落とした擬似スライム松明を手に取って、フィスモールに向き直る。
ノイルは確証を得ていた。
ーーーフィールドの能力は『二つだけ、対象のスキルや能力を奪うこと』だ。
ソーとラピンチを相手にした時は、二人の身体能力を同時に奪って、一度で行使した。
おそらく、奪うものが武器の効果やスキル、魔法の場合は『単体の威力』や『属性』を奪うことが出来る。
奪う効果は物理的な本体には影響を及ぼさない上に、奪った能力は使い切り……一度消費したらそれ以上使えないように見えた。
ーーーそして、反応の場合はそれらの能力は自動で消費する。
ノイルの一連の行動は、フィールドの特性を調べるためだった。
フィスモールはミョルニルの一撃に対して『雷撃』と『威力』を奪ったが、本体の攻撃を避けた。
一個目の石つぶてで投擲の威力を消費し、二個目で雷撃を消費し、フィールドが空になると、三つ目の『石つぶての威力』を吸収した。
その状態だとフィスモールは相手から能力を一つしか奪えない。
だから大して効かないのを承知で、ノイルに石つぶての威力を放ってきたのだ。
ゆえに先ほど『バスの身体能力』と『螺旋の威力』保持した状態では、ノイルの『反発』スキルを奪えず、それら二つの能力を無効化出来た。
「言っただろ? カラクリが読めれば対処方法はいくらでもある」
ノイルの挑発に、フィスモールがピクリと眉を動かした。
チラリとアルトに目を向けると、彼女はこちらを見て、泣きそうな顔で首を横に振る。
そこに、幼なじみの少女の姿がない。
「ーーーソプラは?」
ノイルが問いかけると、解毒の魔法を持続的に行使したまま、アルトは目線で奥を示す。
見ると、ソプラは銀髪のポニーテールをなびかせながら、聖剣に向かって駆けていた。




