闇の勇者と、二人の大司祭は戦闘を始める。
「テーム。ノイルはどうだった?」
イフドゥアの問いかけに、ノイルの前では喋るのを我慢させていたからか、剣士は興奮した顔で一気に喋り始めた。
「アイツ、スッゲーよ! めちゃくちゃ悪そうな顔したりとか、全然敵に躊躇しない感じとか、アタマキレそーなところか、めちゃくちゃメゾねーさんに似てるんだけどさ!」
そうこき下ろしているのか褒めているのかよく分からない口調でまくしたてながらも、表情を見ると悪い印象は抱いていなさそうだった。
その上で、見聞きしたらしいことを説明してくれる。
「でも結構仲間想いらしくてさ、鉱山街のターテナーが言ってたんだけど、一緒にいる女の子が魔族にボコられた時に怒ったりもするし、バスってドワーフに手に入れた神器をあっさりくれてやったり、なんかおもしれーの!」
「面白いとかの問題じゃないんだが」
ポリポリと額を掻いたイフドゥアは、しかし自分の感じた人物像とほぼほぼ一致するので特にそれ以上突っ込まない。
テームはいつまでも子供っぽいが、彼の人を見る目はそこそこ信頼出来るからだ。
彼は、オブリガードの護衛として賭博街に潜入させていた、イフドゥアのスパイである。
もう役目を終えたので、ノイルの追跡を幸いに引き上げさせた。
そのついでに、ノイルの適性も見てもらった、というわけだ。
ーーーあの少年は、我欲ばかりではないが、だからといって献身的というわけでもない。
目的のために手段は選ばないが、目的をともにする相手は選ぶ。
つまり。
「人間らしくて非常に良いな。……オブリ嬢を預けるに足るのは間違いない」
「そういやあの子、大丈夫なんかな?」
ふと表情を曇らせるテームに、イフドゥアは肩をすくめた。
「どうしても切羽詰まれば、ラピンチが連絡してくるだろう。……フィスモールも狙い通りに動いたようだし。どうだ、テーム。ノイルがフィスモールを殺したら、しばらくアイツに付き合ってみるか?」
「いいのか!?」
パッと顔を明るくしたところをみると、彼はよほどノイルを気に入ったらしい。
「アイツに負けた後、トドメ刺されるなら逃げようと思ったんだけどさ、アイツに仲間に誘われたんだよ! スゲー度胸だなと思ってさ!」
「勧誘を受けるなら好きにしろ。どうせ聖剣を手に入れたら、あの少年にこちらの目的は明かすつもりだったし」
な、と言いかけて。
イフドゥアは、そこでひどく焦げたような異臭を感じた。
「……なんだ?」
異臭が感じられる方向に目を向けると、横のチューンが少し嫌そうな声を上げる。
「瘴気の気配がするわね」
「だよな。……危険の臭いだ」
言いながらお互いに目を向けた先は、ノイルたちが来た訪れた方向にある、ミシーダの正門。
そちらから、騒がしい怒鳴り声がドンドンドンドン迫って来る。
同時に、見張り台から火急を告げる鐘が鳴り響いた後、風の拡声魔法で警告が飛んできた。
『敵襲! 敵襲!!』
『魔獣だ!』
『瘴気が濃い! 一般人は避難をーーー!』
イフドゥアはそれを聞いて、前髪をかき上げた。
「やれやれ。このタイミングでか?」
「行く?」
「いやほっとくわけにはいかねーだろ!?」
そうして3人で、逃げて来る群衆をかき分けて正門の方へ向かうと。
半ばまで来たところで、イフドゥアはその巨大な魔獣の姿を目にした。
「おいおいおい、ありゃもしかして」
「ニュートリノ・タイラントサウルスね……でも、少し様子がおかしいわね」
見えた魔獣は全身が腐れ落ちたようになっており、全身から瘴気の煙を上げていた。
そして本来頭があるはずの部分が下顎だけになっており……頭の部分に、焦げた人の上半身が生えている。
『オォオオオオォオオォォオオ……』
怨嗟の声を放つそれに、テームは見覚えがあるようだった。
「あれって……ノイルを追ってたリーダーの魔道士じゃねーか? なんで魔獣と合体してんだ?」
「瘴気の影響で恨みの篭ったそいつの死骸がゾンビになったんだろうよ。で、たまたま手近にいた魔獣の死骸を取り込んだっぽいな」
おそらくは偶然に出来上がった凄まじく厄介な存在だが……その原因となったらしき魔力の気配に、イフドゥアは覚えがあった。
「なぁチューン。あれってもしかして」
「……メゾの魔力を感じるわね」
「あの考えなし、ノイルに自分の魔導具かなんかをくれてやったんだな?」
メゾの基本的に愉しげで小憎らしい顔を思い出しながら、イフドゥアは舌打ちをした。ー
※※※
ーーーその頃、聖剣の間。
挑みかかったソーが振り下ろしたかぎ爪の一撃を、フィスモールは余裕で受けた。
見た目からは明らかに後衛のはずだが、獣人の膂力による攻撃を受けて微動だにしていない。
ーーーあらかじめ、強化魔法でも使ってたかな?
他者の身体能力を底上げする補助魔法を、自分自身に使えない理屈はない。
まして聖架軍を率いていた大将格なら、戦闘能力に優れていてもおかしくはない……が。
そんなことを考えながら、ノイルは加速した。
周りの景色がゆっくりと流れ出し、その中で自分一人が自由に動ける。
ーーー生かして捕らえて、オブリガードの解毒を行う方法を聞き出す。
ソプラの時と違い少し冷静にそう思考しながら、ソーの脇を回り込んでノイルが突きを放とうとした……ところで。
「無駄ですよ、その程度では」
グル、と加速しているはずのノイルに目を向けたフィスモールは、ソーのかぎ爪をいなして後ろに下がった。
ーーー同じ能力?
自分と同じ速度で動いたフィスモールに向けた刺突が空振りしたことを受けて、ノイルはフィスモールの動きを観察する。
しかし下がった相手は、先ほどと違ってまた緩やかな動きに戻っていた。
ーーー持続時間は短い、か?
といっても、ノイル自身もそう長く加速を続けられるわけではない。
一度加速を解くと、再び等速で動き出したソーの全身に力が篭るのが見えた。
「ガァルゥァアアアッ!!」
全身の筋肉を膨れ上がらせ、魔獣のような咆哮を上げながら再度飛び掛かったソーが連撃を放っつ。
それを、フィスモールは柄頭と柄尻を駆使して受ける杖術の動きで捌いた。
「何度やっても無駄ですよ、その程度では」
爪の一撃を錫杖で絡め落として薄く微笑んだ敵は、まるで虫を見るような視線でソーを見下ろしている。
「一つ聞かせろ……以前魔の国に侵攻した時、虎の獣人族の村を滅ぼしたのはテメェか?」
唸るような声音で牙を剥くソーに、フィスモールは淡々と答える。
「魔族の見分けなど、つけていませんね。それに、たかが魔族の村を幾つ滅ぼしたかなど、覚えているわけもないでしょう?」
「ーーーッ!」
明らかに激昂した彼が、闇雲に攻撃を加える前に。
「ーーーはっ。魔王の首も取れなかった分際で、よく偉そうに吠えたもんだ」
トン、とソーの背中を蹴って宙を舞ったバスが、ミョルニルを最短の動きで振り下ろす。
「喰らえ」
バチバチ、と雷撃を纏った一撃が、明らかにフィスモールの反応が間に合わない速度でその脳天を叩き割る、と思われた時。
フィスモールの錫杖から紫の光が揺らめいたかと思うと、バスの鉄槌が叩きつけられる速度が緩む。
「神器は厄介ですが……当たらなければ問題はありません」
フワリ、と司祭服の裾を翻してフィスモールが横に体を動かすと、ソーが振り上げた爪とバスのミョルニルが衝突する。
「ッガァア!!」
「おい、無駄に動くんじゃねーよ!」
雷撃に打たれたソーが全身を走る苦痛に声を上げ、バスがミョルニルを引く。
「同士討ちですか。余裕がありますね」
「嫌味ったらしさだけは逸品だね。でも、タネは読めたよ」
ノイルは、彼らの戦闘を見てフィスモールが行なっていることに気づいた。
「ーーーあなたが加速してるんじゃなくて、こっちの動きを鈍らせてるんだろ?」
ノイルの攻撃に対応したのも、ソーの猛攻を防ぎ切ったのも、バスの不意打ちを避けたのも、フィスモールが強いから出来ていたわけではないのだ。
「仕掛けがあるのは、その錫杖だ。違う?」
「ほう、気づきましたか」
おそらくは、それも神器なのだろう。
効果は先ほどノイルが指摘した通りのものだ。
「ですが、気づいたからと言って、対処が出来るわけではないでしょう? そして、あなたの推察は間違っています」
「……」
笑みのまま、フィスモールは錫杖をゆっくりと構える。
「ーーー〝強奪領域〟」
口にした呪文とともに、ブワ、と彼の体から立ち上った紫の光が周りに円形に大きく広がり、半球形の空間を形成する。
「相手を鈍らせるのではありません。……この領域に入った者の力を奪い取り、自身の力に転化する、のです」
瞳が赤く染まり、薄っぺらい笑みと合わせて醜悪な印象を増したフィスモールは、カツン、と錫杖で床を打つ。
「あなたたちが強ければ強いほど、私自身が強くなる。……最初からあなた方に勝ち目などないのですよ」
しかし、得意げになるフィスモールに対して、ノイルは笑みを浮かべてみせる。
「分かってないなぁ、あなた」
「……何がです?」
「大事なことをベラベラ喋って得意げになるのは、二流以下なんだよ」
ノイルは改めて剣を構えて、チラリとオブリガードに目を向ける。
ラピンチに守られたアルトがおそらくは解毒の魔法を使っているが、効果はなさそうに見えた。
「タネが割れれば、対処法なんかいくらでもある。ーーー殺してやるよ、フィスモール」




