闇の勇者は、再びキレる。
ーーー聖剣の間。
開いた大扉の向こうには、今までいた洞穴などより遥かに広い空間だった。
まばゆい輝きに慣れた目で奥を透かしたノイルは、声をかけてきた人物に向かってニッコリと笑みを浮かべてみせる。
「これはこれは。意外……でもないですけど。フィスモール大司祭」
細い目をした青年の外見をした彼には、試練の間に入る前に会った時とは違う点が一つだけあった。
その手にした、豪奢な錫杖である。
王冠のような形をした柄頭は、鈍い黄金の輝きを放っていた。
ーーー下品だね。
その錫杖の意匠は、ノイルの目にはそう映る。
錫杖の王冠が放つのはギラギラとした輝きではなく、どちらかと言えば落ち着いた鈍い色合いだ。
しかし、重厚さよりもどこか空虚さを感じるそれはノイルの感性には合わなかった。
「あなたがたは無事に試練を終えました。どうぞ、お入りください」
祭壇の、ノイルたちから見て右手側に立ったフィスモールの言葉に、ノイルがまず足を踏み入れた。
続いて、オブリガード、ソプラと続き、アルト、そして男衆が中に入ると背後で大扉が閉まる。
中に大勢の〝神の兵士〟たちが待ち受けている……などということもなく。
フィスモールたった一人で、この場にいるようだった。
「テメェ、どういうつもりだ……?」
「ソー。まだだよ」
背後で憎悪に満ちた声音とともに膨れ上がった殺気を、ノイルは手で制す。
「どう出るにしても、話しくらいはしないとね?」
ソーからしてみれば、先ほど知ったばかりの自分の仇敵が目の前にいるのだ。
気持ちはよく分かるが、ノイルたちの現在の目的はあくまでも【レーヴァテイン】を手にすることである。
ソプラは、聖剣そのものの力を。
アルトは、聖剣を手にした後の研究を。
オブリガードとバスは、聖剣のこの地からの解放を。
ソーは、聖剣を封じている者の命を。
ラピンチはよく分からないが、ノイルはソプラが聖剣を手にすることを。
それぞれに望んでいるのである。
「ノイル様は理知的であらせられるようですね。聖剣を手にする資格がある、とご自身では思いますか?」
「さぁ、どうでしょうね。少なくとも〝血濡れた手〟ではありますけど」
ノイルは、射るような問いかけをしてくるフィスモールにそう答え、ちらりと部屋の奥に目を向けた。
聖剣の間は部屋全体が真珠のような色合いを持つ真っ白な建材で作られており、中央に同様の貴石で作られた祭壇があった。
祭壇の上にはバラの花に似た花弁の彫刻があり、その中央にある真っ赤な剣を包み込んでいる。
ーーー勝利の剣【レーヴァテイン】。
「そこにある優美で勇壮な姿をした炎の聖剣は、罪人の手を焼きますかね?」
「詩的な表現ですね。結論から言えば、あの文言はただの謎かけです。資格を持つか持たないかなど、本当は試練の間に問う必要はありませんしね」
「な……!?」
フィスモールのあっさりとした言葉に、オブリガードが声を上げるが……ノイルが驚いたのは別の事実だった。
ーーーまぁ、あの文言自体がどうとでも取れるし、そもそも聖剣自身が持ち主を選ぶしね。
試練の間の意味がない、というのはまさにその通りの話だろう。
ノイルが驚いたのはフィスモール自らが種明かしをあっさりと口にしたことに対して、だ。
「そういうことを言う、ってことは、俺たちを生かして返す気ないね、あなたは」
もう腹芸は必要ないのだろう、と思い、ノイルが剣を抜きながら問いかけると、フィスモールはあっさりと頷いた。
「ええ。勝利の剣は秘匿されます。このまま、永遠にね。ーーー『聖剣の間』には、誰も来なかったのです」
痛ましげな表情で十字を切る大司教に、オブリガードが噛みつくように声を荒げた。
「何が、誰も来なかった、だ! アタシは自由になるんだ! あんたなんかに、それをーーー!」
「お静かに。舞台装置如きが話していい場面ではありません」
フィスモールがそう告げると同時に、軽く手を掲げる。
それに、ゾクッと背筋が怖気だったノイルは、彼が何をしようとしているのかを悟ってオブリガードを振り向く。
「バスさん! 腕輪を……ッ!」
「遅いですよ」
しかし、ノイルが言い切る前に、牙を剥くようにフィスモールを睨みつけていたオブリガードの腕輪がカチッ、と音を立てて、ビクン、と彼女の体が震える。
「あ……」
腕輪を見下ろすオブリガードの手首を、ツゥ、と一筋の血が伝い……彼女の体が、ぐらりとかしいだ。
ーーー腕輪に仕込まれた毒針が、作動したのだ。
「ちょっと!?」
「フィスモォオオオオオオオルッ!!」
倒れこむオブリガードを慌ててソプラが支え、ソーが雄叫びとともに飛びかかっていく。
その様子を見て、ノイルはぷつん、と何かが切れた音を聞いた。
ーーーああ。
回りの音が消えて、思わず笑みがこぼれる。
ーーー良かった。やっぱりソプラ以外の奴が傷つけられても怒れる。
俺はちゃんと、人間だ。
そう思いながら、喜びに打たれたように手の中で震えた【イクスキャリバー】を握り締め、ノイルは呪文を口にした。
「ーーー〝英雄形態・凶化〟」




