闇の勇者は『聖剣の間』にたどり着く。
「ここは、多分評議会館の後ろにあった滝の裏側かな?」
ソーとバスが刻み終えた足場登ったノイルは、着いた先で腰に手を当てた。
曲がりくねっていない、一直線の短い洞窟だ。
洞穴内に反響していてどこからかは分からないが、微かに水が流れ落ちる音が聞こえていた。
ノイルは視線の先にある扉を眺めながら、自分たちの位置を把握した。
最初に部屋に入ったところから、今の時点まで動いた方向を考えるとほぼ間違いないだろう。
「オブリガードは転移魔法を使ったって言ってたけど、もしかして滝の裏あたりに抜け道があるのかもね」
転移魔法陣で内側と外側を繋いでおけば、試練の間を通らなくても聖剣の元にたどり着ける。
ノイルが壁を撫でると、そこは均一な感触がなくボコボコとした石混じりの壁だった。
手は加えているのだろうが、天井に木の根などが見えている辺りを考えても、元は天然の洞窟だろう。
となると。
「アルト。ちょっと火を起こしてみてよ」
「あ、うん」
上がってきたアルトに火起こしの魔法を使ってもらうと、ボッ! と掌の上で魔法がきちんと発動した。
「あ、使えるんだ……」
「オッケー。試練はこれで終わりだね」
思いの外呆気ない試練だったなー、と思いつつ、ノイルは左右に目を向ける。
登ってきた穴が空いているのは壁際近くの地面で、その向こう側は土で塞がっていた。
反対側を見ると、少し先に赤々と光る水晶球が左右に埋め込まれた大扉がある。
多分そこが『聖剣の間』だろう。
ノイルは穴を回り込んで、一旦行き止まりの方に向かう。
同じように壁に手を触れてみると、そちらには異物感がなくただ滑らかな土の感触があるだけだった。
「うん。多分土魔法で塞いだものかな? てなると、ここが本来の天然洞窟の入り口で……あの扉の向こう辺りに外と中をつなぐ魔法陣がありそうだね」
トントン、顎を指先で叩きながら、目を細めて笑みを深める。
「ーーー俺たちの勝ちかな? 何も仕掛けがなければね」
「この段になってさらに偽物準備してたら、性格悪いなんてもんじゃないわよ。苦労して来たのに」
「あはは。フィスモール大司教だったらやりかねないねー」
上がってきたソプラが頬を膨らませるのに、オブリガードが笑う。
最後に女性陣の落下に備えて後から来ていた男衆が登り切って、全員揃った。
「これで、聖剣の試練とやらが本当に終わりだと嬉しいんだけどねー」
扉に向かって歩き出したノイルは、一応罠がないかを確かめた後に扉を押してみた。
すると、大して抵抗もなく、滑らかに扉が開き始め、中から明るい光が漏れ出してくる。
キィ……と微かな音を立てて、扉が開き切った後。
「お待ち申し上げておりました。ーーー聖剣の勇者たち」
中にいた人物が、そう、冷たい声音で告げた。
※※※
ーーーその頃、ミシーダ中央広場。
それぞれに聖教会と魔道士協会に向かうと見せかけて、さりげなく連れ立って外に出たイフドゥアとチューンは、広場を行き交う人々を避けて足を止めた。
「さて。どう思う?」
「何が?」
楽しそうなイフドゥアがアゴヒゲを撫でるのに、チューンが評議会でフィスモールと対峙した時よりも素っ気なく気安い口調で問い返す。
「あの小僧と、勇者だって嬢ちゃんだよ」
「あなたの方がよく分かってるんじゃないの?」
それでもお前さんの意見が聞きたいんだよ、と言うイフドゥアに、チューンはため息を吐いた。
「ノイルって子の方は、敵に回したくないわね。……あなたが見出して、あの子が気に入っただけ、あるんじゃない?」
あまり興味がなさそうな口調だが、イフドゥアは彼女が外面そう見えるだけで、実際はきちんと見立てた上で意見を述べていることを知っている。
「闇の勇者、ってのもまぁ上手いこと言ったもんだよな。修羅の適性持ちがちっとも見つからねーと思ったら、ここ数十年、『神』が隠してやがったことを知った時はやられたと思ったぜ」
「少し声が大きいわね」
「おっと、悪いな」
イフドゥアは、初対面のような顔を装っていたが。
その実、ノイルの存在をメゾに教えたのは彼自身だったのだ。
「で、どうやって見つけたの?」
チューンの問いかけに、イフドゥアは軽く片眉を上げる。
「前の〝勇者の祭典〟の時だよ。一発で分かった……ありゃただの適性持ちじゃねぇ。まだ10くらいのガキが、死ぬほどヤベェニオイをさせてやがったからな」
ありゃ本物だ、と告げるイフドゥアに、チューンは少し意外そうに首を傾げる。
「そんなに?」
「ああ。下手すると、女魔王どころかーーー」
そこで言葉を切ったイフドゥアは、ニヤリと笑いながら髪を掻き上げる。
「ーーーラピンチに並ぶぜ?」
イフドゥアの評価に、チューンが初めて感心した様子を見せる。
「へぇ……そこまで?」
「それも、あいつと違って他人を使うのまで上手いときた。逸材も逸材だ」
「まぁ、あの子がついてればある程度は平気だと思うけど。敵の手の内に置いといていいの?」
評議会館を振り向くチューンに、イフドゥアは肩をすくめた。
「死んだらその程度だ。そうはならないと思うがな」
「ずいぶん買ってるのね」
「ああ。初見でゾッとさせられるほどの才能は、初めてだったからな。これでも、鼻が利くんだ」
「十分すぎるほど知ってるけど」
ククク、と喉を鳴らすこちらに、相手は小さく息を吐く。
「全然ゾッとしてたように見えないけど?」
「本心だよ。が、才能のある奴を見るのは楽しいし、俺らの切り札になる可能性が高ぇんだ。これで浮き立たなかったら嘘だろ?」
「あなたは本当に、昔から変わらないわね。……逆に足元掬われても知らないわよ?」
「そん時はそん時だ」
そこでイフドゥアは、道の向こうから歩いてくる一人の青年を目に留めて、手を挙げた。
そろそろ来る頃合いだと思っていた相手は、こちらに気付いて足を早める。
到着までの間、イフドゥアは話を続けた。
「ソプラって嬢ちゃんのほうはどうだよ?」
「普通。でも、あっちも目に留めてたんでしょ?」
「ああ。見かけた時に小僧の影に隠れてたが、そっちもすぐに分かった。ーーー先代の【レーヴァテイン】の持ち主と、同じ匂いがしたからな」
懐かしさを覚えて目を細めるイフドゥアに、チューンは納得したようにうなずく。
「……なら、聖剣を手にするわね?」
「間違いなくな。最悪、持ち主が別でも良いが、どうせなら戦力は多い方がいい。そろそろ下準備も完璧に整う」
ここからだ、と言ったこちらに相手は何も答えず、そこで青年が目の前に到着する。
「お待たせっ!」
「おう」
明るく腕を上げる青年に、イフドゥアは軽くうなずく。
報告はすでに受けているが、改めて詳しい事情を聞くために待っていたのだ。
彼の名前は、テーム。
ノイルと山道でやりあって負けた剣士だった。
魔王軍最強のスカウトマンは、辺境でサボるのが仕事です。〜人材発掘と育成には定評があります〜
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