闇の勇者は不敵に嗤う。
ーーーソーは、人族領に近い魔の国の片田舎に生まれた。
虎獣人の村落で、魔王に仕えていたわけでもない、村自体が全員親戚のような小さな村だ。
そこでソーは、一家の長男だった。
腕っ節はそこそこ強く狩りも上手いほうだったが、村を出て行くつもりや冒険者になるつもりなどさらさらなかった。
ソーは、村や家族が好きだったのだ。
ーーーなのに。
ある日村から出て狩りから帰ってくると、火の手が上がっていた。
何が起こったのかと血相を変えて向かったところで……ソーの頭は沸騰した。
人族の、妙な旗を立てた白い鎧の連中が、村の人々を狩っていたのだ。
笑いながら、まるで獲物を追い立てるように、子どもや女を追い回して愉しんでいた。
『ゴミどもが……ッ!』
ソーは、襲っていた連中に牙と爪を剥いた。
村の者たちが何かをしたわけではない。
連中は、ただ魔族だからという理由でソーたちの村を襲ったのだ。
神の名の下に。
ーーー何が神だ、姿形が違えばヒトではないとでも言うつもりか!
追われたあげくに深傷を負っていた幼い末の妹を抱えて、ソーは戦った。
しかし、多勢に無勢。
山中に逃げたが、疲労困憊で崖に追い詰められ……そのまま、谷底の川に突き落とされた。
連中は最後まで嗤っていた。
『我ら〝聖架軍〟が、邪悪なる者に負けると思ったか!』
ーーー覚えたぜ、その名。全員の喉笛を噛み千切るまで忘れねぇ……!
そうして目覚めた時、焚き火の番をしながら横に座っていたのが、一人の竜人だった。
『お、目覚めたか? ナァ?』
そう言って首を傾げた竜人に、ソーはガバッと身を起こそうとして、動けなかった。
『無理すんな。そんだけ怪我して川に流されて、むしろよく生きてた。ナァ?』
言われて目線だけを動かすと、大の字に寝そべっているのは川辺の林の近くで、足元に急流が流れている。
『お前が助けてくれたのか……?』
『おーよ。俺っちはラピンチ。困ってるヤツを見捨てるほど薄情じゃねーお人好しだ。ナァ?』
独特な口調で話す竜人は片目を閉じてそう名乗り……少し悲しそうに目を伏せて、ソーの横を指差す。
『……その子は、引き上げた時にはもう息が止まってて、残念ながら助けられなかったけど、ナァ……』
言われて横に首を傾けると、そこに目を閉じて、眠るように横たわっている妹がいた。
それでも傷には包帯が巻かれ、顔は拭かれて綺麗なままで。
『ォオ……』
ソーは唸るように喉を鳴らした。
『ォオオオオォ……!』
目尻からボロボロとこぼれる涙を溢れるままに、妹に必死で手を伸ばした。
その冷たい頬に触れ、撫でる。
ーーーよくも、俺の妹を……俺の、家族を……俺の、村を……ッ!!
ラピンチは、言葉にならないソーの慟哭に口を挟まず、再び気絶するまで何も語らなかった。
が、それから傷が癒えて動けるようになった時には、もう、聖架軍は魔獣との戦闘で壊滅していた。
持って行き場のなくなった怒りのままに、人族領へ乗り込もうとしたソーを踏み留まらせたのは、ラピンチの一言だった。
『ソーの妹は、兄貴が自暴自棄に死ぬのを望むのか? ナァ?』
分かったような口を、とその瞬間は思ったが。
『どうせ潰しに行くなら、絶対負けないくれー強くなってからでも遅くねーんじゃねーか? どうせ、直接恨みがある連中はもう死んでるんだろ? ナァ?』
ーーーやがて相棒になる竜人の言葉に、冷静な楽観に、それから幾度救われたか知れない。
『復讐するなら、派手にやろうぜ、ナァ?』
そうして月日は流れ、魔剣の遣い手を選ぶ試験会場で……ソーは、ノイルと出会ったのだ。
※※※
「全滅した、って聞いてたんだがな。まさかアタマが生き残ってたとはな……!」
ソーが、話し終えて拳を握り込むのに、アルトとオブリガードが痛ましげに目を伏せ、ソプラの瞳が怒りに燃える。
「……許せないわ」
「が、戦争ってのはそういうモンだ」
一番年嵩で、戦場の悲惨さというものを散々目にしてきたのだろう冷めた顔のバスに、彼女が珍しくノイル以外の相手に、ギッと睨むように目を向ける。
「戦争だったから、何もしてない人を殺していいんですか!?」
「敵は潰すもんだ。そして、敵地に侵攻した前線の連中はいくらでも醜悪になれる。いつ自分の命が奪われるか知れない緊張に晒されんだからな」
「バスさん、良いこと言うね」
片目を閉じてノイルが指を立てると、ソプラが信じられなさそうな顔でこちらを見る。
「ノイル!?」
「敵は潰す。その通りじゃない?」
「え……そこ?」
ノイルは膝の上に両腕を置くと、ニィ、と笑みを浮かべる。
「やるなら徹底的にやろう。聖剣のことも邪魔してオブリガードを縛り付けてるし、バスさんもソーも因縁があることが分かったんだ……」
ーーー邪魔なヤツを葬る、絶好のチャンス。
ノイルも、話を聞いて怒りがないわけではなかった。
そう、珍しいことにソプラ以外のことで自分が怒っていることが……ノイルは嬉しかった。
カタカタカタ、とノイルの怒りに反応して、腰の【イクスキャリバー】が震えている。
「ソー、殺ろう。全然遠慮はいらない相手みたいだし、さ」
「……ノイル」
「他人のことならどうでも良いけど。ソーは俺に親切にしてくれたし、ここまで付き合ってくれた仲間だ」
ノイルはゆっくり体を起こすと、こちらを見る虎の獣人に軽く頷きかける。
「一緒に、大司祭殺しの重罪人になろう。ーーー闇の勇者パーティーに相応しい称号だよ」




