闇の勇者は、ドワーフの昔話に耳を傾ける。
今から数十年前。
先代魔王に傷をつけた聖剣の名を聞きつけたバスは、真偽を確かめるために戦地に赴き、そこで魔獣と戦うハメになったのだという。
「魔獣は、バカでかい、黒い王冠を被った二本角の太ったゴブリンみてーな奴だった」
バスはその時のことを思い出したのか、腕の断面をもう片方の手でさすりながら眉をしかめる。
「全身から吹き出す金粉が頭をグラグラさせやがって、上手く戦えなくてな」
山の中腹にあった、岩肌と岩石が転がる場所で、巨人族とみまごうほどの禍々しい存在。
バスは魔王側が募った傭兵とともに行動していたが、敵は魔法もあまり効かず、聖架軍がその場に転がっていたそうだ。
着いた時には息が残っていた者も、魔獣の強烈な瘴気を浴びて傷口から腐り落ちてすぐに死に、その後に戦った傭兵団もほぼ壊滅したらしい。
「オラはそれでも運が良かった。腕を失うだけで済んだんだからな」
自嘲するような彼に、ソプラが質問する。
「ど、どうやって生き残ったの?」
息を呑んで胸元で両手を握りしめている彼女の目は輝いていた。
ーーー昔から、この手の英雄譚大好きだったもんなぁ。
吟遊詩人を前にした時と同じ格好をしていることに本人は気づいていないだろうが、少々不謹慎である感は否めない。
何せ目の前にいるのが、魔獣に負けを喫した本人なのである。
しかしバスは気にしなかったのか、その質問に淡々と答えた。
「あの女魔王だよ」
魔獣を前になす術なく嬲り殺されていく者たちの前に、突如現れたのがメゾだったらしい。
「オラの腕が傷口から腐り落ち始め、死を覚悟した時……どこからともなく現れたメゾは、誰も歯が立たなかった魔獣と単身でやりあい始めた」
その頃、無名だった彼女は。
傭兵団の魔道士では全く歯が立たなかった魔獣を相手に、魔法で傷を負わせることが出来たのだという。
「それまで、不気味で耳障りな嗤い声に似た鳴き声を上げて一方的な虐殺をしていた魔獣に、逆に笑い声を上げながらな……」
「ま、魔王ってそんなに強いの……?」
勇者であるはずの彼女は、まるで憧れを抱いたかのように顔を綻ばせている。
「あのねソプラ。あのニュートリノ・タイラントサウルスを殺した【破聖の欠片】は、魔王の魔力のほんの一部だよ?」
「そういえば」
言うなれば、あれは魔王が放つ1発の爆裂魔法なのである。
魔導具に込められた魔法は、威力が弱まるのが基本だ。
Aランクの魔獣を一撃で殺す以上の魔法を、おそらくは平気で連発出来るような相手が、弱いはずがないのだ。
ーーーていうか、時代が時代ならソプラが対峙しないといけない相手なんだけど。
和平協定を結び、現在では交流があるとはいえ、魔王と勇者が戦う英雄譚は未だ語り継がれていた。
魔王は倒すべき存在だと認識している人も、魔族は魔物と変わらないと認識している人も、未だに少なからずいる。
ノイル自身、ソプラが勇者の適性を告げられたことが、魔王のスカウトを受けるのを決めた理由なのである。
いずれ和平協定が破棄されたり、あるいは〝勇者の祭典〟で勝ち上がることによって『ソプラが魔王を倒す』ことを望まれた時、代わりに殺すためなのだ。
そんな事をノイルが考えている間に、バスは話を続けていた。
「オラァ〝格が違う〟ってのがどういうことか、そこで初めて悟った。傭兵団にも、自分を含めてAランクの連中が複数いたが、誰かが決めたランクなんて強さの指標にゃならないんだってな」
「そ、その後はどうなったの?」
「多分、血を流しすぎて気絶した。だから結果がどうなったのかは分からねぇ。……多分、倒したんだとは思うがな」
目覚めた時にバスは治療院にいて、メゾは魔獣と聖架軍を『撃退した』功で取り立てられていたということしか分からなかったらしい。
「だから『聖架軍』が持ってたっつー【レーヴァテイン】の情報も追えなかった。その後、治療を終えたオラはAランクからBランクに落ちて聖剣探しを諦めたんだが……」
そこで、自嘲的だったバスが、笑みの種類を変えた。
「ーーーここにアレがあるなら、ノイルと会ってオラの運はドンドン上向いてるぜ」
彼の嬉々とした様子に、ノイルは水を差すようで悪いなー、と思いながら指摘する
「バスさんは、あの聖剣が手元に欲しいの? それだと状況によっては、残念なことに俺はバスさんと争うことになるんだけど……」
元々はソプラのために手に入れる予定だったのである。
仮にノイル自身が所有者になれば近くにはあることになるが、彼女が所有者になれば今の即興パーティーは解散することになるので手元からは離れる。
もしバス自身が所持したい、ということなら、ノイルが所有者になることでも争うことになってしまう。
しかし、そんな懸念は杞憂だったらしい。
「もうミョルニルがあるから、別にそこまで執着しちゃいねーよ」
バスはニヒルな笑みを浮かべたまま、あっさりと肩をすくめた。
「一回は諦めたもんだし、お前さんか嬢ちゃんがソイツを持つなら、邪魔をする気はねぇ」
「あ、そうなの?」
「どこにあるのか分かんねーのが引っかかってただけだ。ご先祖の作ったモンで、オラ自身も因縁があるからな。そいつがこっちの……つーか、ノイルとの繋がりがある連中が持ってるなら、それはアリだ」
割と重い話だったように思ったが、話終えたバス自身は非常にさっぱりしているようだった。
「俺と繋がりがあったらいいって、そんなもんなの?」
「強さは比べモンにならんが、ボウズはメゾと同じニオイがするからな。オメーはいずれドデカイことをしそうな気がするんだよ」
「そんな大それたこと考えてないけど」
「魔王直々に誘われて闇の勇者になるような時点でだいぶ大それてるよ。鉱山街でも賭博場でも、ありえねぇことしまくっただろうが」
即座にツッコミを入れたはバスに、周りの連中が一斉にうなずいた。
そんなに破天荒なことをした覚えがないので、なんとなく納得がいかないが。
「……まぁいいか」
別にどう思われてても、今のところ特に問題は起こっていないのだ。
そんな中、最初以外黙っていたオブリガードが、バスに向かって何気なく言う。
「そういえばバスさんの話で思い出したんだけど」
「なんだ、嬢ちゃん」
「フィスモール大司教なんだけど、あの人もだいぶ昔から偉い人だったみたいでさ」
続くオブリガードの言葉はーーー爆弾だった。
「その聖架軍を率いてたのって、たしかあの人だったはずだよ」
「ーーー何だと!?」
その言葉に反応したのは、バスでも、ノイルでもなく。
聖架軍の名が出るたびにピリピリした気配を放っていた、ソーだった。




