幼馴染の少女は結局泣く。
「えーと、ソプラ?」
アルトが声をかけると、座り込んだままの白髪の少女はゆっくりと顔を上げた。
その目は大きく見開かれたままで、なんと声をかけていいか迷っていると、彼女の方から口を開いた。
「今……ノイル」
「うん」
「私のこと、可愛いって、ゆった?」
信じられない言葉を聞いたかのようなソプラの様子に、アルトは内心ホッとしながらうなずく。
「言ってたね」
微笑みながら肯定すると、ソプラはみるみるうちに赤くなった。
そして結局、じわっと目尻に涙を浮かべる。
「そ、ソプラ?」
「……嬉しい……」
両手を握り拳にして目の下に当てた彼女は、またボロボロと涙を流しながら肩を震わせた。
「わ、わだじ、ノイルに、嫌われで、ながっ……!」
「それは最初から大丈夫だって言ってたと思うんだけど」
アルトの言葉は耳には届いていなかったらしい。
仕方ないなぁ、と思いつつ、アルトもちょこんとソプラの横に膝を揃えて座り込み、背中をさすってやる。
するとぎゅっと抱きつかれて、姿勢を崩しそうになった。
「あぶなっ……もう、ソプラ?」
自分の首筋に顔をなすりつけてくる親友は、その姿勢のまま鼻をすすり上げ、ささやくようにつぶやいた。
「でも、ぐやじぃ……!」
悔しい。
一瞬意味を考えたアルトは、それが手加減されていたことに対してのものだと気がついた。
安心はしたがそれでも悔しいのは、ソプラが大の負けず嫌いだからだ。
そんな彼女の気質を知っていたアルトは、ポニーテールに結った少女の頭を軽く撫でる。
「なら、強くなったら? これから冒険に出るんだし、またノイルに勝てるようになったら、もしかしたら言うこと聞いてくれるかもよ?」
「……うん」
彼は、ソプラには負けないからパーティーには入らない、とは言ったが、勝った時に言うことを聞かないとは言わなかった。
とんちみたいな言い訳だが、それでもまだ約束は生きている、とソプラが言い張れば、ノイルは逆らわないだろう。
もっとも、彼女が勝てるようになるのはまだまだ先のことだとは思えた。
今の時点で、アルトの目から見ても彼とは圧倒的な差があるのに、これからノイルは魔の国で修行を積んでさらに強くなるに違いない。
ーーーあの感じだと、いつまでも魔の国には居なさそうだし。
いつでも連絡を、というのは、こちらと繋がっている気がある、ということだ。
案外、ソプラが素直になって普通に告白したらノイルは受け入れそうな感じもするが……今のままのソプラでは、同じように勝負を挑んで負けるのがオチである。
ーーーなら当面の私の仕事は、この子にちょっとでも精神的に成長してもらうことね。
アルトは、学校生活の中でこの二人に付き合ううちに悟りを開いていた。
彼らに気に入られてしまったのが、自分の運の尽きだと。
※※※
「えっと、迎えってのはここでいいんだよね?」
ノイルは慌てて外に出てみたものの、そこには誰の姿もなかった。
正確には、ちらほら王都にたどり着いた商人や出て行く旅人は見えるのだが、自分と待ち合わせらしき人物が見えないのである。
改めて賢者の板に記された時計を見ると、約束の時間まであと30秒くらい、と思ったところで。
不意に、ウォーン、という音がした。
ドラゴンが鳴くような、しかしそれにしては間延びしている音だ。
キョロキョロと周りを見回すが、何の姿もない。
しかし、魔力の波動を感じてノイルが動きを止めると、目の前の空間がゆらり、と揺らいで、巨大な黒い何かが姿を見せた。
大きく口を開いたドラゴンの頭をかたどった何かがヌッと現れて、目の前を走り抜ける。
その胴体は、連結馬車のような窓と入り口のある細長いもので、各車両に車輪がついていた。
「あ……これ、もしかして?」
大きく開いたドラゴンの口からプシューッ、と煙を吐きながら止まった目の前の物体は、授業で習ったことがある。
魔の国の上流階級が使うという、転移魔車ではないだろうか。
「すげー……」
思わずつぶやいたところで、竜の頭近くにある御者台から誰かが降りてくる。
黒い礼服の慇懃な老人だ。
駆け寄ると、彼は無言のまま連結馬車を示した。
乗れ、ということなのだろうが。
「あー、えっと、お金は?」
「無料でございます。魔王様の命によりお迎えに上がりましたので」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
あまり持ち合わせがないので少しホッとしながら、ノイルが乗り込むと、黒い礼服の老人はまだ御者台に戻り、まもなく転移魔車は走りだした。