闇の勇者は、聖剣の名前を知る。
「で、聖剣に関する何の話をするの?」
ノイルは、昼食用に溶かしたスープを、それぞれの前に置いた。
乾きの魔法で粉末状にしたコーンスープを水で溶いたものだ。
粉っぽくはあるものの、そこら辺に生えている野草を食ったりするよりよほど味がいいので、この『乾いたスープ』は冒険者の携行食として重宝されている。
他は黒い堅パンと干し肉だ。
火が使えない場所での食事としては上出来だろう。
「聞きたいのは、ここに安置されている聖剣の正体なのよね」
スープの器を手にしたアルトは、半分に折った堅パンをスープに浸しながら答えた。
「聖剣の名前、オブリガードなら知ってるでしょ?」
「知ってるけど……」
オブリガードは干し肉を犬歯で食い千切りながら、アルトに目を向ける。
「それがどうしたの?」
「心根清らかなる者に勝利をもたらす聖剣……その話が確かなら、私、多分その聖剣を神話や魔導を記した歴史書で見た覚えがあるの。だから、知ってるなら教えて欲しいのよね」
オブリガードは、丸メガネを押し上げた彼女の言い分に首をかしげる。
「そりゃ聖剣だから、言い伝えには記されてるだろうけど。そんなこと知ってどうするの?」
「純粋に知的好奇心なんだけど」
堅パンが柔らかくなったところで、ローブに落とさないように器ごと口に運んだアルトは、好奇心に目を煌めかせていた。
「言い伝えが事実なら、ここにあるのは鍛冶の神が作ったと言われる聖剣のはずよ。つまりそれをノイルかソプラが手に入れたら……」
「古代のことを研究し放題?」
「そういうことよ、ノイル!」
ノイルがスープに口をつけて、甘い味わいを楽しみながら茶々を入れると、アルトはニコニコと頷いた。
彼女がここまで無邪気な顔をしているのを見るのは、魔導学の授業以来だ。
よほどワクワクしているのだろう。
「先代魔王に傷を与えたという聖剣……フィスモール大司教は、人のための剣だと言っていたけど、そんなチャチなものじゃないわよ。本当に、ここにあるのがーーー」
一拍間を置いたアルトは、どことなく迫力に気圧された様子のオブリガードに、剣の名を告げた。
「ーーー浄火の剣【レーヴァテイン】なら」
「レーヴァテイン、だと?」
だが、オブリガードが答える前にその名前に反応したのは、バスだった。
唸るような声で言い、堅パンをそのまま放り込んだ口をゴリゴリと噛み砕いて吞み下す。
「そいつは本当か? アルトの嬢ちゃん」
「答えを知ってるのは、オブリガードですよ」
どうなんだ、とバスがオブリガードに目を移すと、彼女はあっさり頷いた。
「聖剣の名前は合ってるよ」
「なるほどな、こんなところにありやがったのか……」
どことなく獰猛な雰囲気で、グイッとスープを飲み干したバスが笑みを浮かべる。
「楽しくなってきやがったぜ……!」
「バスさん、その聖剣を知ってるの?」
同じく食事を終えたノイルがタオルで口元を拭いながら問いかけると、バスが意外なことを言い出した。
「オラが腕を失う前に探し求めてたのは、ソイツなんだよ。【レーヴァテイン】は、オラのご先祖が作ったと言われてる聖剣だ」
ドワーフは、元来手先が器用な種族だ。
とてつもなく価値のある装飾品や武具を作る職人も、数多く存在している。
なので、名のある武具を作れるということそのものに疑いはないのだが……
「誰かの手で作ったモノが神器と呼ばれてるの?」
「なら、神話に記されている鍛冶の神が作った、っていう話は嘘?」
ノイルとアルトの質問が被ったのに、バスは軽く手を上げて制し、そもそもだ、と口にした。
「神器ってのはな、天から降ってくるもんじゃねぇんだよ。優れた物具に神威が宿ったもんのことを言うんだ」
「……そんな話、初めて聞いたわ」
「ドワーフの間じゃ常識だぜ。だから、神威を宿した武具を作り出したヤツは『神器の作り手』としてドワーフの職人連から尊敬を集めるが……そういや、人間の作ったモンにソイツが宿ったってぇ話は聞かねーな」
ヒゲを撫でるドワーフは、モジャモジャの眉を大きく上げる。
ノイルもあぐらをかいたまま腕を組んだ。
「何で人間にはそれが伝わってないんだろうね? 交流がなかったからかな?」
人間と魔族がここまで活発な行き来をするようになったのは、メゾの代になってからである。
なにせそれまでは戦争をしていたのだ。
しかしドワーフを含む魔族にしか作れないとするなら、おかしな点がある。
「それだと、聖剣魔剣が人側の手にある理由が分かんないよね?」
作れないのにある、と言うことは、魔族側が渡した、と言うことなのだろうか。
「神器の誕生そのものには、二つの道があると言われてる」
バスは、ピッと指を二本立てた。
「一つは誰かが、とてつもなく優れた物具を作り出した瞬間だ。だがコイツは、ドワーフ族の寿命でもかなりの年月鍛冶仕事に打ち込んだ連中にしかなし得ない」
「才能と努力が揃って初めて生まれるってことだね」
「後は多分、偶然と運もな。傑作は作ろうとして作れるもんじゃねぇんだ」
「それは確かに」
隻腕のドワーフは立てた二本指を下に下ろし、土をトントン、と叩く。
「……もう一つの道は、時を経た業物に、時を経て神威がこもるってぇ話だ」
長き時の間に、錆びず、腐らず、清浄不浄を問わずに強い気を浴び続けたものが神器に……聖剣や魔剣になるのだと、バスは言った。
「時を経て……」
「ああ。例えばそいつは強健な戦士と共に戦場を駆け抜けた愛剣だったり、魔獣の腹の中に在り続けたもんだったり、あるいは龍穴と呼ばれる天地の気の吹き溜まりに安置されたもんだったり……まぁ、経緯は様々だがな」
バスは、伝承とともにそれぞれの道に由来する剣の名前を挙げる。
破滅の魔剣【ダーインスレイヴ】。
戦鬼の妖刀【ムラマサ】。
大蛇の大剣【クサナギ】。
王者の聖剣【カリバーン】。
「だがそんな中で、作り手の名が明確なモンってのはそうそうあるモンじゃねぇ。【レーヴァテイン】は、そんな貴重な一振りなんだよ」
「なるほどね」
ご先祖が作った聖剣を、子孫でかつ冒険者であったバスが求めるのは何もおかしな話ではない。
バスは以前、腕を失う前は神器を持つことに憧れていた、とも言っていた。
「あの女魔王が立つ前、レーヴァテインが先代魔王に傷をつけた、ってぇ話を俺も知ってる。『聖架軍』とかいう人間の軍隊が、魔王領を攻めた時に、割と深いとこまで侵攻したんだ」
それはノイルも授業で習った覚えがあった。
『聖架軍』の名前が出ると、黙って話を聞いていたソーがピクリと肩を震わせた。
が、ノイルはとりあえずそれに構わず、話を続ける。
「魔族は劣勢だったんだよね。で、魔王と直接ぶつかって魔王側が一時撤退した後、『聖架軍』は強烈な魔獣と偶然遭遇したせいで壊滅したって」
「おう。ーーー俺が左腕を失ったのは、その魔獣とやり合ったからだ」




