闇の勇者は、無数のスライムを見る。
割れた床の下で、ソーとラピンチが悲鳴を上げた。
「ちょっと待てなんだこのスライムの量はァアアアア!?」
「ヤベェヤベェヤベェぞナァ!?」
バスの下に見える地面に、赤い光が満ち始めていた。
「あー、この床、二層構造になってたんだ」
どうやら、半球形だと思っていた部屋は実は球体だったようである。
その下には土がむき出しの地面……おそらくは洞窟のような空洞が広がっており、ソーとラピンチがそこにいるのが微かに見えた。
なぜ見えたか、といえば。
「うわぁ……真っ赤……!」
オブリガードが引きつった声を上げた通り、下の方が擬似スライムの輝きに満ちていたからだ。
先ほどまで立っていた床は真ん中で割れており、ちょうどノイルたちは今、割れたくす玉の中にいるような状態になっている。
「床下の空洞に詰め込まれてたのかー……」
空洞があったようで、そこにみっちりと赤い光……上階で倒した擬似スライムが、無数に詰め込まれていたのである。
そして二人の獣人が滑り落ちた洞窟に向かって、ボトボトボトボトと落ちていっている。
つまり。
「ちょっと待て待て待て待て待て!!!」
「これヤベェよな!? ナァ!?!?」
中に溶解液が詰まっているため、逃げ場のない中では倒すことも出来ないのである。
「ん〜……見捨てる?」
「冗談言ってる場合じゃないでしょッ!?」
ノイルがその状況に右往左往する二人の獣人を見下ろしながら告げると、ソプラにスパァン! と頭をはたかれた。
「痛いなぁ。ちょっとは和むかと思ったのに」
「笑えないのよ!」
頬が触れるほど近くで、耳元で怒鳴らないでほしい。
ソプラの香りも声も好きだが、流石に耳がキンキンした。
「で、どーすんだ? ボウズ」
「んー、縄を下ろして引っ張り上げてもいいけど」
ミョルニルにぶら下がったままのバスが問いかけてくるのに首を傾げてから、ノイルは眼下で騒いでいる獣人に声をかける。
「ソー! 洞窟に逃げれそうなとこある!?」
「見てる余裕がねーっつーの!!! ていうかオメー、後で覚えとけよ!?」
「生き残りたいなら見ようよー」
というかそもそも、見捨てざるを得なかったのは不可抗力である。
「あっち! 割れて落ちた床の裏側にまだなんか空間あるぞ!? ナァ!?」
「ッ通路が埋まる前に、どっちも見るぞ! オメーそっち行け!」
ラピンチの言葉に、二人が左右に分かれて床だった斜面の裏を覗き込む。
「何もねぇぞ! ナァ!」
「こっちにゃ先に続く道がある!! 登りの洞窟だ!!」
だが、ソーが歓喜の声を上げて振り向いた先では、すでに山のように折り重なった擬似スライムたちが広がり始めており、ラピンチとの間が塞がれている。
「……クソがッ! なるべく大楯で押し込んで、肌に触れないようにこっちに来い!」
「おうよ! ナァ!」
ガシャン、と竜の顔に合わせたカブトの面頬を下ろしたラピンチは、盾を構えて体を縮こめ、スライムの中に突っ込んでいった。
楯の曲面で敵の軟体を捌きながら進む彼の背後で、ガバッと大きく広がった一体のスライムが無防備な背中に襲いかかろうとするのを。
「オレの相棒に、手出ししようとしてんじゃねーよ! ーーー《虎砲》ッ!」
グッ、と腰を落とし、両脇を締めて手のひらを開いたソーは、そのスライムに対して思い切り捻りながらその両腕を突き出す。
ドン! と放たれた拳闘士の、気功による遠距離攻撃スキルは狙い違わず擬似スライムを弾き飛ばした。
外皮が割れたり破れたりはしなかったが、中の液体に与えられた振動が何らかの影響を及ぼしたのか、吹き飛ばされた擬似スライムがぐったりと潰れたような形に広がって動かなくなる。
「お、さすがソー」
ノイルはそれを見て、思わずつぶやいた。
本来なら効果のない斬撃や〝核〟以外への刺突が有効だというのなら、一番苦手なはずの打撃に関しても別の効果が生まれる可能性はあったのである。
彼はおそらく、ラピンチに液体がかかる危険を避けるために『倒せない』攻撃を使ったのだろうが。
「ソー! 《地走断》か《爆破功》使える!?」
「どっちも使える! だからどうした!?」
「なら、真ん中に向かって《地走断》撃って!」
「分かった!」
ラピンチと合流した虎の獣人が了承したので、ノイルは他の仲間たちに声をかける。
「アルトは《浮遊》の魔法を準備。オブリガードとソプラは滑り降りるタイミング計って。バスさんは……」
流石に効果範囲から外れているドワーフに目を向けると、彼はアゴをしゃくった。
「このくらいの高さなら、ケガもせん」
「なら、一撃で場所が空いたら降りて、ソーが見つけた洞窟の前に集合!」
声をかけたところで、気を溜めたソーの声が響き渡った。
「ーーー《地走断》ッ!」




