闇の勇者は、野郎どもを見捨てる。
魔物が現れた通路を下って、地下二階。
当然真っ暗だったので、魔族組に灯りを持って探ってもらいつつ、部屋の状況を把握する。
「どうですか、バスさん」
「上とおんなじくらいの広さだな。魔物はいねぇが、代わりに階段もねぇ。どこも行き止まりだ」
その言葉に、ノイルは腕を組んで右手の指先でアゴを挟む。
「ここでも謎解きかな? もう少しだけ、壁とかを調べてくれる? 何か仕掛けでもあるかもしれないし」
「おう」
「めんどくせーなぁ。ナァ?」
「言っててもしゃーねぇだろ」
それぞれに明かりを持っているバスとソー、ラピンチが部屋の三方に散って探り始める。
一応闇に慣れた目には、彼らの灯りで薄ぼんやりと部屋の状況が見えた。
おそらくは、角がない半球形の部屋である。
今度はヒントなしなのだろうか、と思いつつどうするべきかを思案していると、ソプラが呻くように呟いた。
「もしかして聖剣なんかなくて、実際はただの閉じ込めるための罠、だとか?」
「あり得ない話じゃないと思うけど、それにしては手が込みすぎてるかな」
冒険者に聖剣を渡さない、という目的のためだけに、これだけ大掛かりな仕掛けをする必要はない。
「まして始末の手段が〝核〟のない擬似スライム一匹じゃね……」
どう考えても、万人が突破不可能な罠にはなり得ない。
「それなら扉を閉めた時点で天井が落ちてくる、とかの方がまだ始末しやすいんじゃないかな」
「怖すぎること言わないでよ」
ゾッとしたように肩をすくめて天井を見上げるソプラに、ノイルは軽く片眉を上げて笑みを浮かべる。
「あれ、怖いの?」
「べ、別に怖くはないけど!」
「聖剣がない、ってことはないよ」
ソプラが明らかに強がった否定をしたところで、口を開いたのはオブリガードだった。
「一応これでも、聖剣自身と契約は交わしてるからね。この下にある気配は感じてるし」
薄暗い中で淡く輝く赤い瞳が、ソプラの方に向いている。
気分を害した様子ではなかったが、どこか冷めた調子の言葉だった。
ーーーまぁ、自分を縛り付けてたモノが消えるかどうかの瀬戸際だしね。
先ほどフィスモールともやり合ったばかりなこともあり、疲れてもいるだろう。
多少ギスギスするのは仕方がないとは思うが、基本的にノリの軽い彼女のそうした態度に、ソプラは少し戸惑ったようだった。
軽く目線を彷徨わせてから、おずおずと問い返す。
「じゃ、その……オブリガードは、ここにきたことがあるの?」
「ううん」
ソプラが首をかしげるのに、彼女は首を横に振った。
「契約の儀式自体は正式な行事だから、聖剣の元には行ったけどね。その時は転移か何かで直接『聖剣の間』に着いたから」
「んー。【破聖の欠片】を残しておいた方が良かったかな」
あの爆弾なら、この試練の間そのものを吹き飛ばせたかもしれない。
しかしノイルの冗談に、アルトがため息を吐きながら答えた。
「あんなモノこんなところで使ったら、生き埋めどころか私たちごと吹っ飛ぶよ……」
そんなやりとりをしている間に、魔族組が戻ってくる。
「やっぱ、何もねーぞ」
「んー……スライムが何か、灯り以外の鍵なのかなぁ。他に仕掛けと言えるモノは石版くらいだし」
それらをもう一度調べてみるか、あるいは上の部屋に別の道があるのか。
「一回、上に戻ろうか」
そう言って、ノイルが階段の前に着いたところで……ゴン、と足元から音が響いてきた。
「あ」
「え?」
思わず声を上げたノイルに、ソプラが小さく声を上げたところで。
そういうことか、と思いながら、ノイルはソプラを抱き寄せる。
「ふぇ!?」
さらに、即座に両手を伸ばして、そのすぐ後ろにいたアルトとオブリガードの腕を掴んで階段の方に引き上げた。
「え?」
「あ……」
「ごめん、バスさんたち。落ちてーーー〝強襲形態〟」
「「あ?」」
バスとラピンチのポカンとした声を聞きながら。
ノイルがスキルを行使して、女性三人を支えるために足に力を込めた瞬間。
部屋の床がいきなり沈み込んで斜めに傾いた。
「うぉおおお!?」
「ナァアアアアッ!?」
二人の獣人が、完全に足を取られて床を滑り落ちていき。
「……ぬんッ!」
ノイルの言葉に危険を感じたのか、ミョルニルの柄尻を思い切り床に突き刺して体を支えたバスだけが、床の斜面化に巻き込まれながらも落下を免れた。
ノイルは、女性陣3人をなんとか階段の中に引き上げることに成功し、ちょっと狭い中で揉みくちゃになる。
ーーーちょっと役得?
どこぞの幼馴染みは鎧を身につけている上に慎ましやかだが、両脇のアルトとオブリガードの豊満なそれの感触を感じながら。
ノイルは努めて真面目な表情を作りつつ、斜めになった床の向こうに広がる次への通路を見つめながらこちらを睨むバスに告げた。
「……罠に、ちょっと手が込んでましたね?」




