魔道士少女は興味津々。
薄赤く光る魔物。
通路から飛び出してきたそれの姿は、闇に慣れた目には十分すぎるほどの光を放っていた。
「スライム!」
「好都合じゃねぇか!」
ノイルの発した言葉に答えたバスが、嬉々としてミョルニルを構える。
飛びかかってきたスライムは、ラピンチが大楯でしっかりと防いでいた。
「肌に触れないように気をつけて!」
「言われなくても分かってるよ! ナァ!」
スライムは、溶解液の肉体を持つ不定形の魔物である。
ドロドロと蠢く体は当然のように打撃は効かず、本来なら半透明で景色に紛れやすい。
動きこそ遅いが、斬撃もあまり相性が良くない魔物で、下手をすると切ったせいで増えることもあるのだ。
金属も腐食させるがさすがに時間がかかるため、そういう意味ではラピンチを前に出しておいて正解だった。
革の装備では、体ごと溶かされる危険が大きい。
この魔物に対するもっとも有効な攻撃手段は、炎の魔法で蒸発させることである。
ーーーそういうことか。
スライムが放たれているから、灯りや炎を封じているのだ。
逆に光っているのは、この魔物を利用して試練の間を進め、ということなのだろう。
「炎が封じられてるってなると、刺突攻撃が有効だけど……」
スライムを倒すもう一つの方法は、体内に存在する〝核〟を破壊することなのだ。
溶解液の体に触れないためには、槍や長剣が一番適している。
しかし。
「コイツ、核がねぇぞ!? ナァ!?」
吹き飛ばしたスライムに向けて槍を構えた直後に、ラピンチがそう声を上げた。
ーーーめちゃくちゃ厄介だなぁ。
この試練を考えた奴は、絶対に性格が悪い。
攻撃手段を封じた上で弱点のないスライムを放つ……殺す気満々だ。
「どうする、ボウズ」
「今考えてる」
おそらくは光っていることと考え合わせても、普通の魔物ではなく魔法生物の類いだ。
魔物を捕獲して研究することは、魔物の外殻や魔法薬作りのために認められている。
だから、魔道士協会や品種改良した強力な魔物を作り出していてもおかしくはない。
ーーースライムなら、この場所でなければ〝核〟がなくても始末自体は簡単だもんね。
もし脱走したとしても、炎で焼いてしまえばいいのである。
ーーー弱点、弱点、弱点……。
血染めの手には、灯りを。
あれがフェイクでなければ、なんらかの手段はあるはずだ。
それが魔物を殺して灯りを手にする、という話ならば、スライムは向いていない。
死んだとしても、溶解液なのだ。
出会うスライムを殺しながら進むことを暗示しているとしても……肝心の殺す手段がない。
ーーー斬ってみる、か?
ふと思いついたのは、そんなことだった。
斬撃によって、逆に増やす。
あるいは、先入観を利用して『斬撃が効かない』と誤認させた上で、実際は斬撃を弱点にしている可能性があった。
「バスさん。今から斬るから、万一増えた時に備えて」
「おう」
理由を聞かずに即座にうなずいたバスに、内心で感謝しながらノイルは剣を構えて前に出た。
ラピンチが慎重に、大楯と槍で近づけないように応戦するのを見据えながら、タイミングを図る。
「……スイッチ!」
スライムがラピンチに飛びかかる前の『タメ』を見せたところで声を上げると、竜人は即座に後ろに下がった。
相手に対して横から回り込みながら、ノイルは完全に分離させないように軽く溶解液の体に片手剣を振り下ろす。
すると、スライムの体の表面で、薄く膜が張ったような感触を感じた後、バシュン! と音を立てて中に詰まった液体が吹き出した。
水の詰まった皮袋を裂いたような感触は、以前養成学校の演習で相手にしたスライムとは感触が違う。
ーーービンゴ!
「このスライム、姿を似せただけの魔法生物だ!」
ノイルが裂けた表皮から出てきた液体を飛び退いて避けると、液体が明度を保ったまま床に広がっていき、シュウシュウと煙を上げる。
そして、周りが広がった液体によって明るくなった。
液体を失った本体が急速に萎んで行き、透明な薄い袋のようにクシャクシャになって床にペッタリと張り付く。
「溶解液の塊には違いなかったけど。全身全てが粘度のあるスライムと違って水が詰まった袋みたいなものだね」
少し安堵しながらノイルが剣を肩に担ぎ上げると、ソーが液体を見て言った。
「血染めの手に、ってのはそういうことか。たしかに血溜まりみてーな色をしてるな」
「悪趣味だよね」
謎かけの仕方から提示まで、およそ神の与えたもうた試練とは思えない。
「しかしこりゃ難儀だな。靴底に鉄打ってても、下手すりゃ溶けんじゃねーか?」
広げ方に気をつけないと、確かに通路が通れなくなりそうな感じだ。
今は幸い、ラピンチが引き付けている間に部屋の隅辺りに移動していたため、床の4分の1ほどの面積を覆ってはいるが通路は塞がれていない。
スライムの出てきた地下に続く階段の向こうは、相変わらず闇の中である。
「毎回、階を移動するたびにこれをやらされるのかな?」
「めんどくせぇ話だな」
バスはミョルニルを振るえず物足りないのか、ふん、と鼻を鳴らす。
すると後ろで見ていた三人の女性陣が近づいてきた。
「これ、魔法生物なのね」
「多分ね」
スライムに似たそれに興味があるのか、アルトが丸メガネを押し上げながら、熱心に石床に広がる溶解液を見つめている。
「液体なのよね?」
「少なくとも粘液じゃないのは、見たら分かると思うけど。触るのはやめといたほうがいいとは思う」
「それはしないけど。一個だけ試してみたいことがあるのよね」
研究者の顔になって目を少し輝かせているアルトに、ノイルは肩をすくめた。
「良いけど。どんなこと?」
問いかけると、彼女は呪玉の腕輪を嵌めた右手を掲げて、呪文を唱えた。
「あまり得意な系統の魔法じゃないけど……〝凍結〟」
彼女が使ったのは、対象の温度を下げて凍らせる生活魔法だった。
液体に近いほど効果が高く、生物に使うと凍傷を起こしてしまう類いのものである。
すると、青い光が降り注いだ液体がピシピシと凍りついたが……明度を失わずに個体になった。
「へぇ。なるほど」
ノイルは、アルトが試したことの意味を知って感心した。
「よく思いつくね」
「ノイルにそう言われると気分が良いわね。倒す時に凍らせるのはちょっと無理だけど、その後、上を歩く程度なら滑らないように気をつければいけるかも」
「何二人で分かり合ってるのよ」
どうやら意味が分からなかったらしいソプラが面白くなさそうに言うのに、ノイルはアルトと目を見交わして苦笑する。
「この液体を凍らせて、灯りにするんだよ。多分行く先々で出てくるとは思うけど、灯りは持っておくほうがいいでしょ?」
ノイルは木の棒の先端に布を巻くと、アルトと呼吸を合わせて溜まりの深い場所にそれを立てた。
溶かされる前にアルトが再び液体を凍らせ、周りをガシガシと剣の先で突き刺して塊を持ち上げる。
いびつな光る球体がくっついた、即席の灯りが出来上がった。
「時間が経ったら溶けちゃうだろうけど、少しはマシだよね」
「溶けたらなるべくまた凍らせるけど、何回かやったら木の棒が腐食しそうね」
「そうなる前に頑張って聖剣のところまで行こう」
言いながら、アルトに感心している様子の他の仲間に、ノイルは灯りを掲げてみせる。
「灯りゲット。後二本くらい作って、三人で持とう」




