闇の勇者のほうが性格が悪い。
視界の一切利かない、闇がわだかまる扉。
濃厚なそれに目を凝らした後、ノイルは奥を見通すのを諦めて二人の大司教に視線を移した。
するとイフドゥアは黙ってうなずき、フィスモールが口を開く。
「扉をくぐり、閉じた時から試練は始まります。先ほど述べた通り、命の保証はありません」
「出る時は?」
「聖剣を得てこの扉の前まで戻れば、自ずと開きます」
勇者に神の御加護を、と聖印を切るフィスモールは無表情で、逆にイフドゥアはパチリと片目を閉じた。
ーーー本当に対照的だな。
そんな風に思いながらノイルは仲間たちにうなずきかけ、扉の中に足を踏み入れた。
いきなり何かが襲いかかってきたり、トラップが仕掛けられていたりはしない。
ーーー神の試練とやらは、性格が悪くないのかな?
ノイルが手招きすると全員が扉をくぐり、再び扉が閉まる。
外界の音すら聞こえない、真の闇だ。
足裏の石畳の感触と、湿った空気だけを感じる。
おそらく、何らかの魔法や神威が作用しているのだろう。
「こっからどうするのかしらね……暗闇の中を手探りで歩けってことかしら……?」
「そこまで不親切じゃないみたいだよ」
反響するソプラの声に応えたノイルの視界には、ぼんやりと青く光る石板が現れていた。
ノイルは、そこに刻まれている文字を目で追う。
『真なる勇者は片手に剣を、片手に盾を。』
『血染めの手には灯りを、慈悲の手には資格を。』
はっきりと刻まれたそれに対して、ノイルは少し考えた。
他の面々にも見えていたようで、アルトがポツリと言葉を口にする。
「リドルの一種、かな?」
「ヒントであることは間違いないだろうね。灯りが得られる方法かな?」
「リドルって何?」
そんなソプラの発言に、アルトが説明する。
「ダンジョンとかである謎掛けの一種だね。パズルだったり、この文章みたいに分かりにくいヒントだったりするんだけど、解くと先に進めるの」
「座学で習ったでしょ?」
「細かい名称まで覚えてなかっただけよ。つまり、これの意味が分かれば暗いのをどうにか出来るってこと?」
「多分ね」
ーーーでも、引っかけ問題っぽいなー。
ノイルは会話をしつつも、石板の助言に違和感を感じていた。
「素直に読めば、何かをすれば灯りが得られる、んだろうけど」
「だけど?」
「灯りを得ることで聖剣を手にする資格を失う、とも読めるよね」
慈悲の手に資格を、ということは、手を血に染めるな、ということではないだろうか。
そういう意図で読み取ったのはノイルだけだったようだが、アルトは追従した。
「確かに、そうとも読めるわね。よく気づくわね」
「試練を科してくるような相手は性格が悪いに決まってるからね。試練を作ったのが神なのか聖教会なのか知らないけど」
素直に渡すつもりがない以上、こちらも疑ってかかって当然だろう。
タダで親切な他人など普通はいないのである。
「単にノイルも性格が悪いから気付いただけでしょ?」
「なんて失礼な。俺は他人をハメるような真似はしないよ」
「散々してるでしょ!? 男爵領でも賭博の街でも追手と戦った時も!」
「なんなら魔王領でもな」
「嘘つきはドロボウの始まりとか言うよな。ナァ?」
何となく分が悪い気がしたが、仲間に損をさせるような真似をした覚えがないのでそこはかとなく納得がいかない。
「ていうか、嘘つきは詐欺師の始まりだよね、どっちかっていうと」
「どうでも良いわよ!」
ソプラは何がお気に召さないのか全く分からない。
しかしここで言い合っていても仕方がないので、話を戻すことにした。
「暗いまま進めってことかなー。とりあえず、色々試してみようか」
「何を?ー」
「他の手段で灯りを得られるかどうかだよ。『灯りは問題を解かないと得られない』とは書いてない」
こちらにそう誤認させるための間違った指標かもしれないのだ。
「よく次から次へとそんなこと思いつくね……確かにその通りだけど」
「褒めてくれてありがとう」
アルトの呆れたような声にとりあえず礼を述べて、声を掛け合いながら幾つかの方法を試した。
灯明や油、魔法の灯り。
しかし、灯明や油にはそもそも火がつかず、魔法は発動しなかった。
「やっぱ無理かー」
「ノイルほど性格が悪くないだけじゃないの?」
そうソプラが答えたところで、ソーが、スン、と鼻を鳴らす音が聞こえた。
「おい」
「何?」
緊張感を帯びたその声を聞いて、ノイルは何が起こったのか悟る。
腰から片手剣を引き抜くと、ラピンチとバスも同じように感じたのかミョルニルと槍を手にする音が聞こえた。
「魔物のニオイだ」
「どっちから? 石板を起点として」
闇の中で動いたが、石板は部屋を照らすほどではないもののぼんやりとした光を放っているため、指標にはなる。
「文字が刻まれた側の左のほうだ。多分奥に続く道がある。そっちから来る」
「オブリガード」
「何?」
「ソプラとアルトの後ろに。二人は石板の右側に移動して。ラピンチは前、その後ろにバスさんと俺。ソーは石板の前に陣取ってタイミングを」
各々に返事が戻り、動き出す。
「ふん。謎解きなんぞは面白くもねぇが、こういうのは分かりやすい」
「闇の中で動ける?」
「ドワーフだからな。この程度の灯りがありゃシルエットくらいは見える」
地下に住む彼らの生態は知らないが、夜目が利くのだろう。
ノイルも目は悪いほうではないのだが、さすがにこれだけ暗いと相手の姿は捉えられない。
「ラピンチは?」
「多少はな。攻撃を防げる程度なら動けると思うぜ? ナァ?」
竜人も、目に頼らずに物を認識する力を備えているのだろう。
ソーも鼻が鋭いので、獣人や亜人のこういう面は素直に羨ましい。
「なら、二人にとりあえず任せるよ。後、ソプラ」
「何よ?」
「出来る限り、戦わないようにしてくれ。血染めの手、の意味が読めない間は」
「……分かった」
不満そうだが、ソプラもノイル同様特殊な感覚器官を持っているわけではない。
そして今回、アルトは戦力として頼りにはならないだろう。
彼女が得意としている魔法は、火の魔法である。
灯りに類する以上、発動出来ないと思われた。
「来るぞ!」
「ソーは後ろ三人をサポートして!」
最後に早口で言ったところで。
ノイルは通路から、何かが飛び出してくる気配を感じた。




