闇の勇者は慇懃無礼。
「聖剣の試練ねぇ」
オブリガードから話を聞いたイフドゥア大司教は、ふーむ、と長く伸びたアゴヒゲを撫でた。
「受けさせてやりゃいいじゃねーか。オブリ嬢が認めたんだろ?」
フィスモールに比べてあまりにもあっさりとした許諾に、ノイルは逆に眉をひそめた。
ーーーもしかして、聖教会そのものが聖剣を秘匿しておきたいわけじゃないのか?
イフドゥアは、オブリガードの態度を見るに彼女にとって好ましい人物だ。
もしかしたら彼が自由に動くことを認めているのかもしれない……とその顔を見ながら考えていると、不意にイフドゥアがこちらに目を向けた。
そして、意図が読めないながら軽く眉を上げて笑みを深くする。
値踏みされているようなその態度の意味を考えていると、彼はまたフィスモールに目を向けた。
「何を渋ってんだ?」
「軽々しく聖剣の試練を受けさせることに、貴方は危機感を抱きませんか? イフドゥア大司教」
「全然。聖剣の試練を受ける権利を与えたって、試練そのものが簡単なわけじゃねーし」
イフドゥアはどうでもいいことのように否定してから、脇にひっそりと立つローブ姿の特徴のない女性に目を向けた。
「なぁ、チューン殿。どう思う?」
「チューン……!?」
イフドゥアの呼びかけに、反応したのはアルトだった。
「知ってるの?」
「……魔道士協会の会長よ。同時に、ミシーダの街を管理する評議会の議長も務めているわ」
「へぇ、それはそれは」
面白くなってきた。
てっきり従者か何かかと思っていたが、どうやらこの街の評議会幹部級……おそらくはトップ3に近い連中がこの場に揃っているらしい。
問いかけられたチューンという女性は、目深にかぶったフードの下から覗く赤い唇を動かした。
「部外者である私が、意見するのは憚られますね。聖剣の安置そのものは街に委託されてはいますが、管轄はそちらです」
小さいが、歯切れのよい口調でそう告げただけで、ノイルは彼女が相当賢い女性であると悟る。
ーーーああ、なるほど。
同時に、この場の構図を悟る。
聖教会……おそらくは本国である神聖国家『ナムアミ』の表向きの意向としては、聖剣は安置し続ける指針なのだ。
ーーーだけど、一枚岩じゃない。
フィスモールと同じく高い地位にいるイフドゥアが、それに反する態度を取っているということは、本国での勢力図の縮図がここにあるのだろう。
聖剣を世に出したくない理由があるのがフィスモール側で、イフドゥアはそことは別の派閥に属している可能性が高い。
聖剣を安置しきれなかった責を盾に相手の権を削ぐのが目的なのか、あるいは聖剣そのものを外に出したい理由があるのか。
ーーー好都合な展開になってきた。
ノイルとしては、試練を受けることさえ出来れば後のことはどうにでもなる。
何故なら、聖剣は『所有者と認めた者の召喚に応じる』特性があるからだ。
術式や魔法陣なしでの召喚そのものは、スキルの中でも最上位に位置するものだ。
当然駆け出しであるノイルもソプラも使えないが、例えば、ここでチューンの覚えを良くしておくとか。
あるいは鉱山の街のターテナー、もしくは魔王メゾの手を借りて召喚の魔法陣を描ける人材を見つけてもらえれば。
ーーーソプラか俺が試練さえ越えれば、手に入るね。
別にノイルは聖教会の信徒ではないので、口約束を反故にすることに抵抗など全くない。
そう考えている内に、イフドゥアとフィスモールは話をつけたようだった。
「試練の間に至る洞窟には、神の御技によって〝深奥の神秘〟を生み出してあるんだろ?」
「ゆえに、命を落とす危険も高い。私はそれも危惧しています」
「それでもオブリ嬢が認めた以上、入り口に立つ資格はある」
フィスモールの詭弁に対して、イフドゥアの物言いは率直だった。
こちらを信頼しているわけではなく、事実のみを述べている。
本当に聖剣を手に出来ないと思っているのか、あるいはそういう態度を取っているだけか。
フィスモールにしてもイフドゥアにしても、目論見が明確でない分、非常に読みづらかった。
だが結局、フィスモールは折れることにしたようだ。
イフドゥアから、矛先をこちらに向ける。
「聖剣の試練は、聖女の許可のみならず、そこへ至る道のり、そして聖剣自身の聖別に身を晒すことになります。ーーー命を落とすことになっても、責任は負えません」
本当にこちらの身を憂いているような表情と声音だが、ノイルは内心鼻で笑って言い返した。
「重々、承知しております。我々もなりたてで日は浅いですが、冒険者として身を立てることを自ら望んだのです。誰かにその責を負わそうとは思いません」
フィスモールは軽く目を閉じて、うなずいた。
「……でしたら、試練を受けることを許可しましょう」
「ありがとうございます」
含みのあるその言い方をスルリと無視して、ノイルは深々と頭を下げた。
「はっはっは、話は決まったな!」
イフドゥアが笑い、軽くこちらの肩に手を添えてくる。
見ると、彼は瞳の奥に喜色を浮かべながら、添えた手に力を込めた。
細い体に似合わない、強い力と眼光だ。
「期待してるぜ、少年。それにオブリ嬢」
フィスモールが封じられた扉の前から体を退けると、二人の大司教はそれぞれに宝玉のはまった指輪をつけた手をかざす。
「「〝神の御名と聖女の許可の元に、聖剣へ至る道を開かん〟」」
指輪の宝玉が輝き、ゴン、と重い音を立てた後。
ギィ、と軋みながら扉が開き、闇のわだかまる洞窟への道が、そこに現れた。




