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赤髪の少女は矜恃を語る。


 許可書を貰った後。


 ノイルたちは一度表に出て、改めて評議会館の正門から中に入った。


「裏を通ったりしないの?」

「聖教会ならともかく、さすがに評議会の奥を好き勝手に動き回れる権限なんか与えられてないからねー」


 だからこういう小細工が必要なの、とオブリガードはヒラヒラと許可書を振って見せた。


 言う割には迷いのない足取りで会館の中を進んだ彼女は、奥に進むたびに立っている警護の兵士たちにいちいち許可書を見せながら進む。


 一つ超えるたびにどんどん人の気配が少なくなり、静けさと建物の内装も相まってどこか静謐な印象に変わってくる。


「……聖女のくせにずいぶん不便なのね」


 あまりにも静かだからか、声のトーンを抑えてソプラが憎まれ口を叩く。

 それに対してオブリガードは、どこか自嘲気味に、皮肉げな口調で言い返した。


「肩書きだけだからね。アタシが好き勝手を許されてるのは、育ててくれた方の口添えもあるけど……一番は『必要ない』からなんだよね」

「え?」


 それまでとどこか違う軽くない言葉に、ソプラが面食らったように目を丸くした。

 ノイルは、冷めた表情で赤い髪をかき上げるオブリガードに問いかける。


「聖教会は聖剣を誰にも与えるつもりがないから、だよね」

「そ。〝剣の護り手〟としてお飾りの聖女は必要で、でも本当はいない方が都合がいい。……アタシは誰にも聖剣を渡さないための『鍵』なのさ」


 聖女の許可がなければ、聖剣への道は開かれない。

 彼女はただ、聖剣を手にすることを望む者へ『否』と返すためだけの存在なのだ。


 中身をしまっておくために必要なのは錠前であって、それを開くための鍵など本来は必要ない。


 それでも『そこに鍵がある』と示しておくための餌が自分だと……オブリガードの言葉は、そういう意味だった。


「でも、なんでそんな理由で、アタシが一生を棒に振ってやらないといけないのかな? 聖剣を渡したくない理由も知らないのに」


 口調こそ静かだが、彼女を彩る赤い色に似て、その言葉には苛烈な色があった。

 ソプラは、戸惑ったように軽く目線を彷徨わせた後、遠慮がちに問いかける。


「……でも、自由に動き回れるんでしょ?」

「どこにでも行っていい、ってわけじゃないよ。枷くらいは嵌められてるしさ」


 そしてチャラリ、と彼女が鳴らしたのは、細い手首に嵌った腕輪だった。


「【聖女の証】さ。……賭博街よりも向こうに行けば、あるいはこの街のさらに先にある〝神聖国家ナムアミ〟辺りにでも足を伸ばせば」


 中に仕込まれた毒針がアタシを殺す、と。

 オブリガードがそう口にし、ソプラが息を呑んだ。




「ーーーアタシは、野良上がりの飼い猫なんだよ」



 

 大人しさとは無縁の獰猛な気配を……『野良の矜恃(きょうじ)』滲ませるオブリガードは、その全てで明確に語っていた。


 飼われたまま終わるつもりなど毛頭ない、と。


「せ、聖教会の人たちって、神様に仕えてるんじゃないの!?」

「声が大きいよ。……ソプラ自身もアタシを見て言ってたじゃないか。聖女というよりは詐欺師だって」


 廊下に赤い絨毯が敷かれた辺りに足を踏み入れながら、彼女はソプラを振り向いて犬歯を見せて笑う。


「尊敬を集めてる連中の内実なんてのは、見たら幻滅するようなもんさ」


 それを受けて、ソーが面白くもなさそうに肩をすくめる。


「違いねぇ。胸糞悪い話だがな」

「魔族の世界でも、そういうことはある?」

「いくらでもあるさ。が、今回の話はそういうことじゃねぇよ。オレも聖教会とかいうところには思う部分があってな」


 正確には、聖架軍(クルセイズ)にだが、とソーが呻いた名前に、ノイルは聞き覚えがあった。


「確か、聖教会の遠征軍の名前だよね、それ」

「おうよ。今の女魔王が先代から国を()る前の話だが」

「……ソーって歳いくつ?」

「23だが」


 メゾが立ったのは、確か二十数年前のはずである。

 よほど幼い頃の話だろうか、と思っていたら、アルトが口を挟んだ。


「ノイル。年月の数え方が魔族と私たちだと違うよ」

「あ、そっか」


 魔歴は人間の三年で一巡りと言われている。

 それで換算すると、ソーの年齢は69歳だと思われた。


「歳の割に落ち着いてないね」

「ほっとけ」


 ソーが牙を剥くと、バスがクククと喉を鳴らす。


「人間と違って、魔族は体がデカくなるのは早くても、歳食うまでが長ぇからな」


 と、そこで先頭にいたオブリガードが足を止め、背中に緊張感を滲ませる。


 見ると、廊下の先は行き止まりになっており、壁に備わる古めかしい扉の前に、一人の男が立っていた。


 聖色である白と青を基調とした神父服に、紫の袈裟をかけているその男は、見たところ若い。


 最高職である法皇に次ぐ地位、大司教の服装だが、おそらくは30歳になっていないだろう。


 白い細面に一重まぶたの男は、微笑みとともにこちらを見ていた。


 だが、その目は全く笑っていない。


 背中に滲む緊張と同様に硬い声音で、オブリガードは彼の名を口にした。


「……フィスモール大司教」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] オブリガードは野良上がりの飼い猫・・・ モフりたいw 悪い人 出てきたなw [気になる点] どうやって奪い取るのか? 盗み出す? 騙し取る? どれかなぁ~w [一言] オブちゃん後で仲間…
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