幼馴染の少女を手加減せずに倒した。
「て、手加減……?」
「うん」
ソプラの言葉にうなずいたノイルは、軽く地面を擦るようにつま先を踏み出した。
すると彼女は奥歯を噛み締めて、軽く膝を曲げる。
「……バカにするんじゃないわよ。信じると思ってるの?」
「本当のことを言ってるだけだよ」
半身に構えて、利き腕を前に突き出す姿勢を取るこちらに対して、ソプラは利き腕を後ろに引いた構えを取る。
自分と彼女の剣は対照的だった。
剣での捌きから打ち込むことを得意とするノイルに対して、ソプラは剣の長さを読ませない姿勢からの飛び込みを得意としている。
「「〝強襲特化〟」」
戦士系の基礎強化スキルをお互いに発動すると、先に動き出したのはソプラだった。
「―――フッ!」
鋭く呼気を吐きながら、最短距離を迫ってくる。
いずれ縮地の境地に達しそうな素晴らしい踏み込みだったが、ノイルの目は完全に彼女の動きを見切っていた。
幼い頃から、無数に打ち合ってきた相手である。
前傾姿勢から擦り上げるように突き出された剣先に、ノイルは自分の剣の腹を合わせた。
そのままいなすように一撃を左にそらし、直後に腕を引いてソプラの頭を狙う。
彼女は軽く首を傾けてこちらの剣をかわすと、さらに踏み込んで左の掌底を突き出してきた。
剣を見切られた後は、ほとんど密着した姿勢からの肉弾戦を挑む……彼女の常套手段だが、それに付き合っている暇はないのである。
「はい、おしまい」
「あ……!?」
踏み込んできて股の間に置かれた右の前足。
それをノイルが左のかかとで引っ掛けると、ガクン、と彼女の上半身が下に落ちた。
大きく前後に足を開いた姿勢では抵抗もできない。
彼女の肩をさらに上から軽く左手で押さえたノイルは、ペタンと地面に座り込んだ彼女の首筋にピタリと剣を当てた。
「俺の勝ちだねー」
すぐに剣を引いて鞘に収めると、ソプラは呆然とこちらを見上げる。
「こ……こんなにあっさり……?」
「どれだけ長いこと一緒にいたと思ってるのさ。練習にも散々付き合ったし、全部知ってるんだからこうなって当たり前でしょ?」
ノイルのやり口については、ソプラが知っているのは初手だけだ。
二発目の肉弾戦で倒せていたからこそ、ソプラはナメていた。
いつものパターンでいけると思い込んだのだ。
「油断大敵だよ。これから先の相手は学友じゃないから気をつけてね、ソプラ」
ぽん、ともう一度彼女の肩を叩いてから、ノイルはアルトに目を向ける。
「えっと、ゴメン。ちょっとこの後のこと任せていい?」
彼女は今から絶対に泣く。
しかしノイルには、本当にそろそろ時間がないのだ。
成り行きを見守っていたアルトは、うなずきながらも疲れたような顔をしていた。
「本当に、なんでこうなっちゃうのかしらね?」
「言ってる意味がよく分からないけど」
「うん。ノイルには何も期待してないから大丈夫だけど」
何か失礼なことを言われた気がするが、軽く流して背を向けた。
「じゃーね」
「あ、ノイルごめん。最後に一つだけ聞かせて欲しいんだけど」
「何?」
アルトの呼びかけに歩きながら答えると、彼女は少し早口でこう問いかけてきた。
「なんで今まで手加減してたの?」
「そっちの方が、ソプラが楽しそうだったからだよー」
ごく当たり前のことなので、ノイルはそう口にした。
「楽しそう?」
「うん。負けるとすごく悔しそうに泣きわめくし、無茶するし。でも勝ったらすごく嬉しそうにしてるからねー。どうせなら嬉しそうな顔の方が見たかったし」
学校の成績なんて、別にノイルにとってはどうでもいい話だった。
ビリでもいいし、トップでもいい……なら、トップになりたいソプラに譲った方が、何倍も笑顔が見れて楽しかったからそうしていただけだ。
通りの角に差し掛かり、くるっと振り向いたノイルは、こちらを見つめる二人の少女に大きく手を振る。
ここからはもう、走らないと間に合わないだろう。
「あんま泣いてアルトを困らせるなよ、ソプラ! お前は笑顔の方が可愛いと、俺は思うよー!」
その言葉にソプラが大きく目を見開くのを見ながら、ポケットから取り出した冒険者御用達の魔導具……【賢者の板】を指さす。
「何かあったら、これに連絡くれたらいいからー! じゃーねー!」
そのまま、遠くに見える王都の門に目を向けて、ノイルは駆け出した。
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