赤髪の少女は口達者。
「試練を受ける……のですか?」
翌日。
まるで来ることが予想外とでも言いたげな様子で、安置所にいる受付の女性は眉をひそめた。
「そだよ。アタシが認めたんだから良いんだよね?」
ニコニコと、しかし今までと違いどこか作り物のような笑顔で答えるオブリガードに、白いローブを身に纏った受付は少し迷った様子を見せる。
「……少々お待ち下さい」
「何で?」
立ち上がろうとした女性の肩を押さえて、オブリガードは顔を近づけた。
「〝剣の護り手〟が認めた相手は試験を受けられる。それが教会の定めだよね?」
「わ、私では判断しかねますので、神父様にお伺いを」
「規則に記されているのに? 貴女は不勉強なんだね……教会への忠誠や、信仰心が足りないと報告しようかな」
「う……」
なかなかエゲツない詰め方をするなぁ、と思いながら、ノイルはその様子を眺めていた。
安置所は小さく簡素な建物で、おそらくは聖剣 (のレプリカ)が安置されている場所と受付を白いカーテンが隔てている。
青ざめた受付に対して、張り付いたような笑顔を浮かべたままオブリガードは赤い瞳に鋭く刺すような色を浮かべる。
「別にさ、報告は受付を済ませた後でも良いよね? ……アタシが良いって言ったって、そう報告すればいいんじゃない?」
受付は板挟みだ。
おそらく彼女は、試練を受けに来る者に『護り手の許可が必要だ』と告げて追い返すか、剣の姿だけを見せるためだけの受付なのだろう。
あるいは、レプリカには引き抜けないような細工が施されている可能性もある。
そこに、オブリガードが本物を連れてきた。
その場合は上司に報告しなければいけない、と暗に言い含められていてもおかしくない。
だが、オブリガードは建前を全面に押し出してそれを阻もうとしているのだ。
その辺りに、彼女と聖教会の隔執が見えるようだった。
建前と本音を使い分ける組織の中でも、清廉であることを謳う教会という場所は、メンツを重んじる。
規則を曲げないように、教義に反しないようにと信者に伝える手前、自らがそれを破ると言及されると逆らえないのだろう。
これが誰も見ていないなら話は別だが、この場には明かに部外者であるノイルたちが存在しているのである。
「伝えるな、って言ってるんじゃないんだよ? ただ、受付を済ませた後にして欲しいって言ってるだけでさ」
オブリガードは片目を閉じた。
彼女は証拠を取ることで、後から反故にされるのを防ごうとしているのだ。
試練の許可を与えてしまえば、それが成功するにせよ失敗するにせよ、受けさせないわけにはいかなくなる。
「試練、受けれないのかな? オブリガードに認められたのにさ」
ノイルはそうつぶやき、オブリガードを援護するために、演技に付き合ってくれる二人に目配せする。
「……! こ、困ったものですね……聖教会というのは潔白な場所のはずですが」
「聖剣の試練は受けれない、って街で吹聴するか? ボウズ」
アルトは軽く引っかかりながら、バスはしれっとそれに付き合ってくれた。
もう、受付の顔色は青を通り越して真っ白になっている。
「ね。一応アタシも位は高いんだよね。……お願いを聞いてくれると嬉しいんだけどな?」
オブリガードが、高位の意匠を刻んだ腕輪をこれ見よがしに受付に見せつけると、彼女はついに折れた。
「報告は……させて、いただけるんですよね? その、試練の間に案内するのは、私の位では無理ですから……」
「試練の間は『ここ』でしょ? 聖剣を安置してる場所なんだからさ」
「あ……」
受付の失言に、オブリガードはついに悪どさを顔に表して、ニィ、と笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。アタシの選んだ連中は口が固いからね。つつがなく全部終わったら、街では何も言わない。あなたは聖女の御言葉に従って受付をした。そしてきちんと、上司にそれを報告する」
まるで洗脳か教導か、ゆっくりと、しかし畳み掛けるようにオブリガードは受付の頬を撫でる。
「アタシからきちんと口添えをしてあげるよ。貴女は職分を全うしただけで、聖教会に逆らう意思はない、ってさ」
位をかさに来て、弱味を引き出して握り、その後に救いの言葉を投げかける。
自分を困らせている相手のはずなのに、半泣きの受付はまるで助かった、とでもいうようにオブリガードを見上げていた。
「……いやぁ、悪どい。俺の目に狂いはないね」
「……さすがに手慣れとるな。聖女ってぇ肩書きもあながち間違いじゃぁねーな」
小声でノイルがバスと笑みを向け合うと、その後ろでソプラが少し引いたような顔でこう言った。
「……聖女ってより詐欺師じゃないの……?」
「何言ってるのさ、ソプラ」
受付が試練の許可を書きつけて、オブリガードがサインするのを見ながら、ノイルはほくそ笑む。
これがあることで救われる人は、確かにいるだろう。
本人が幸せであれば、それで問題ないとノイル自身も思うが……それはそれとして、巨大な組織の上に立つ人間は、綺麗なだけでは務まらないのだ。
そちら側の視点で、物を言うのならば。
「ーーー宗教なんて、騙してなんぼの商売でしょ?」
「……それ、絶対に他人の前では言わないでね、お願いだから……」
芝居に付き合ってくれたのに、なぜか受付よりも泣きそうな顔で丸メガネを押し上げ、アルトがボソリとつぶやいた。




