闇の勇者に聖女は語る。
ーーー治癒士と魔道士の街、ミシーダ。
この国最大の魔法都市であり、真理の探究を志す者たちの街である。
おそらくは防御結界の古代文字が施された壮麗な大門を潜ると、その先に広がる街並みはまるで貴族街のように整然としていた。
「凄いわね……やっぱり街ごとに全然違うのね、こういうの」
「知識の街だからね。多分、建築に携わる人もそういう人が多いんじゃないかな」
大通りの左右に立ち並ぶのは、他の街に比べてあきらかに背の高い建物だった。
黒と白で綺麗に左右の建物が塗り分けられている。
軒先に並ぶ商店は、食料や日用品の内容に関しては特に変わらないものの、衣服店は明かにローブの類いが品揃え豊富であり、古書店の多さが目についた。
同様に魔導具店や、魔導具を売っている露天商も多い。
「時間作って一回見て回ろうか。露天も掘り出し物とかありそうだし」
「楽しそう……」
ノイルが漏らした言葉に反応したのはアルトだった。
元々魔法が得意なこともあり興味深いのだろう、彼女にしては珍しく目を輝かせていた。
「さっぱり分かんねーな。ナァ?」
「まぁ、オレたちはな」
「使い方が分かりゃ、戦闘の役に立ちそうなモンもあるんだろうがな」
脳筋組は逆に他の街に比べて興味が薄いようで、町並みを物珍しそうに眺めてはいるもののそんな会話をしていた。
「アタシは賭博街の方が好きだけどね、活気あるし。ここはなんか陰気臭くて殺風景だし」
オブリガードは、門をくぐってからどこか面白くなさそうな顔をしている。
知的で落ち着いた雰囲気の人々が多く、他と比べて声のトーンまで大人しい雑踏も、彼女の目にはそう映っているのだろう。
境遇を考えれば分からないでもなかった。
ノイル自身は、鍛治職人が多く武具店の立ち並んでいた男爵領や、中流階級から壁外スラムの者まで多く行き交う王都ともまた違う雰囲気を楽しんでいた。
「この先に中央広場があって、東に向かうと魔道士協会と魔道士学校、西に向かうと聖教会と修道院や孤児院があるよ」
オブリガードが先頭に立ち、雑踏の中を歩きながら街の構造を説明してくれる。
「例の剣があるところは?」
「まっすぐ北に向かった先だね。そこに中央評議会館があって、左手が安置所……っていうか、まぁ聖剣への案内所みたいなところがある」
ミシーダの街自体は、魔道士協会と聖教会の合議制で運営されているらしい。
中央広場に着くと、北東西、の三方遠くに一際大きな建物が立っていた。
それが先ほど説明された三つの施設なのだろう。
北の中央評議会館の後ろには荘厳な滝が崖上から流れていて、水煙が神殿のような外観の会館が彩っていた。
「綺麗な建物だね」
「中身が腐ってるから、外側だけは綺麗に飾ってるんだよ」
「辛辣だ」
ノイルは、口汚くなったオブリガードにクスクスと喉を鳴らした。
よほど嫌いなのだろう。
どうも聞くところによると、評議会と聖教会は権威主義に染まり切っているようで、頭が固い連中が多いらしい。
「魔道士協会の方はマシだけどね。代わりに変人が多いかな」
「ま、研究者なんてそんなものだと思うよ」
ノイルの知る限りでも、魔道士は研究室に閉じこもりっきりというわけでもなく社交的で知識を貪欲に求める者もそこそこいる。
しかしそれは変人ではないという意味ではない。
まして国の最高峰となれば、それはそれは凄まじい変人の群れだろうと思われた。
聖剣の元に向かうにしても、まずは視察と宿の確保をしなければならない。
そうオブリガードに伝えると、彼女は髪をかき上げながらうなずいた。
「聖教会側の宿のほうが宿が安いけど、代わりにご飯が修道食で美味しくない。どっちがいい?」
「「「「飯が旨いほう」」」」
声を揃えたのは、脳筋三人と、同じく脳筋のソプラだった。
オブリガードはうなずいて、東に足を向ける。
「さっき安置所を案内所って言ってたけど、それはどういう意味?」
「あそこに安置されてるのは複製だからね」
そもそも、聖剣の存在はある種公にはされていないのに、厳重なことだ。
「本物は?」
「評議会の滝裏にある試練場の奥だね。もっとも、そこまでたどり着ける奴はいないけど」
「なんで?」
するとオブリガードは、少し意外そうに片眉を上げてからニィ、とイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「ーーー〝剣の護り手〟である聖女に認められないと、そもそも試練を受ける手続きが出来ないからさ」
「言われてみればその通りだね」
男爵子息であるターテナーも同じことを言っていた。
聖女がそもそも街にいないのだから、認められるわけがない。
ーーーこうなってくると、諦めたというよりはそもそも聖剣を誰かに手にさせる気がない感じかな?
そんな風に考えながらうなずいたノイルは、夕方なので安置所に向かうのは後にして、宿で一晩明かすことにした。




