闇の勇者は街を見る。
「……参ったなぁ、もう」
オブリガードは、頬に手を当てて苦笑を浮かべた。
「何でそんなことに気付けるの?」
「色んなことに気付けるのは、大事なことじゃない?」
危険の気配を察知出来ない奴は死ぬ。
儲けになりそうなことに敏感になれない奴はいつまでもうだつが上がらない。
世の中というのはそういうものだ。
ノイルは、オブリガードが逃げる気配を見せなかったので、バスたちに目で合図する。
警戒を解いた後、改めて問いかけようとしたノイルに、アルトがボソリと言った。
「……もうちょっと気付いて欲しいこともあるんだけど……」
「何?」
「何でもない」
なぜかチラチラとソプラの方を見ながら首を横に振る彼女に、ノイルは軽く眉を上げながらもとりあえず話を続けることにする。
「で、何で〝聖女〟が盗賊の真似事なんかして、しかも俺たちに近づいて来たのかな?」
「真似事ってわけでもないんだけどねー。元々孤児だし。入ってた院にいきなり聖教会の連中が現れて奉り上げられて、訳わかんないまま修行させられただけ」
「よく怒られないね……」
聖剣と一生をともにするのなら、教会の奥深くから一歩も出れない生活をしていてもおかしくないはずなのだが。
そう思っていると、オブリガードは肩をすくめた。
「もうとっくの昔に、連中は諦めてるよ。そもそも聖剣と契約したところで、その使い手が現れなきゃ存在自体が無意味だし」
聖剣や魔剣は、認めた相手にしか自身を所持させない。
そういう事情を鑑みれば、その上に封印されているだろう聖剣の側に誰かがいなければならない理由はないだろう。
ーーーでも凄いな。
権威を重んじるだろう連中に対して、自由であることを認めさせるのは並大抵のことではないのは容易に想像がつく。
それが諦めさせるという方向であったとしても、その根性は『買い』だろう。
オブリガードは切り替えが早いようで、苦笑を笑みに変えて、ピッとこちらを指差した。
「だから、アタシとしてはさっさとあの陰気臭い場所から離れるために、ゴシュジンサマが欲しいんだよねー」
「で、俺たちに目をつけたと」
「正解。楽しそうだしさ」
パチリと片目を閉じるオブリガードに、ソーがボリボリと頭を掻いた。
「……なんつーかこう、ノイルの周りにいると曲者ばっか集まって来るな」
「テメーもその一人だろ、虎頭」
「少なくとも、戦闘狂のドワーフだの盗賊聖女だの、勇者候補だのよりゃマシだと思ってるが」
「それに関しては、俺はノーコメントかなー」
ノイルは嫌そうな顔のソーに向かって、アハハと笑った。
少なくとも、弱そうな人間の冒険者を守ろうと声をかけて来た魔族、という時点で相当な変わり者ではある。
「ちょっと待って!? 聖剣手に入れたらこの女がついてくるの!?」
そこで、事情を呑み込んだソプラが声を上げた。
なぜか敵対心剥き出しでぴったりと張り付いて来ているが、その横顔にデカデカと『嫌だ』と書いてある。
「ついてくるよ? アタシとしてはノイルでもソプラでもどっちでも良いけど」
「ノイル! やめよやめ! 他の聖剣探すわよ!」
「せっかくここまで来たのに、やめるわけないでしょ。そもそも手に入れられるか分からないけどねー」
とりあえず謎も完全に解けたので、ノイルはソプラを無視してミシーダの街へと再び歩を進め始める。
「私が嫌だって言ってるのに!」
「手に入れてから言おうねー。まぁほら、ソプラより俺のほうが素質あるから、俺が手に入れる可能性もあるし」
ポンポン、と腰の魔剣を叩いて見せると、案の定負けず嫌いのソプラは猫が毛を逆立てるように全身を震わせた。
「ノ、ノイルに私が負けるわけないでしょ!?」
「いや、負けたじゃん。魔王城に行く前に」
「あんなの負けたうちに入らないわよ! 私のほうが勝ち越してるんだから!」
本当にソプラはからかいがいがある。
ノイルが満足してうなずいていると、アルトがソプラの横でボソリと言った。
「……ソプラが手に入れるとオブリガードがついて来て、ノイルが手に入れるとそっちについていくのね……」
「うぐっ……!」
「もしノイルと別々に行動すると、オブリガード『だけ』がずっとノイルと一緒にいるわけね……」
「っ! それはダメよ!!」
「なら、頑張ってね」
アルトがチラリとこちらを見るのに、ノイルは、ナイスアシスト、と片目を閉じてみせた。
彼女としては、回復魔法の使い手であるオブリガードがパーティーに加入してくれるほうが嬉しいのだろう。
頭の回る聖女と聖剣がソプラの元に揃えば旅の安全が増すのでノイルとしてもそちらを歓迎したい。
「もう! もう!」
ついに言葉が出てこなくなったのか、地団駄を踏むソプラを眺めながらラピンチがソーに話しかける。
「俺っちたち、何を見せられてるんだ? ナァ?」
「幼児のお守りをしてる気分になってくるな……」
「オラたちゃ、元々そういうつもりでボウズに近づいたんじゃねーのか?」
うんざりした様子でアゴを撫でる常識人ソーに、ニヤニヤとバスが言ったところで、木々の切れ目から眼下に街が見えた。
「あ、あれかな?」
まだ山の中腹を降っている辺りなのでたどり着くには遠いが、白と黒の建物が立ち並ぶ、整然とした場所。
魔法の都らしく幾何学模様を描いた美しい街並みを眺めていると、ノイルの問いかけにオブリガードがうなずいた。
「うん。ーーーあれが、ミシーダの街だよ」




