赤髪の少女のもう一つの隠し事。
「このバカ! バカバカバカ!!」
言いながら背中を叩いてくるソプラを、可愛いなと思いながら、ノイルはもう何度目かになる言葉を口にする。
「痛いなー。倒せたんだからいいじゃない」
「全然良くないのよ! このバカァ!」
あの後。
炸裂した【破聖の欠片】は崖を吹き飛ばし茂みに生えた木々をへし折り、ちょっとしたクレーターを作り出した。
ノイルたちも穴を掘ってその威力を避けたは良いものの、危うく生き埋めになるところだったのだ。
とりあえず、残党が戻ってくるのも困るので、さっさとその場を後にして、今だ。
閉門時間ギリギリには何とかミシーダの街にたどり着けるだろう。
「全部片付いたのに、何でそんなに怒ってるのさ?」
「あれだけ派手にやらかして目をつけられたらどーするのよ!? 下手すると賞金首よ!?」
「領主の屋敷に殴り込みかけようとしたソプラには言われたくないなぁ……」
「それとこれとは話が別よ!」
似たようなものだと思うけど。
ノイルはそう思ったが、ソプラは頬を紅潮させ、形の良い目を吊り上げている。
この表情の時には、何を言っても怒りの火に油を注ぐだけだ、と知っていたので、アハハと笑ってごまかした。
すると、アルトが浮かない顔で問いかけてくる。
「でも実際、大丈夫?」
「何が?」
「賞金首の話。冷静に考えたら、笑い事じゃ済まないかもよ。アレ、禁呪でしょ?」
「多分ね」
アルトの心配も、分からないではなかった。
欠片はクレーターを作り出しただけではなく、その場に瘴気をブチまけたからだ。
瘴気というのは厄介で、魔族や魔獣には影響がないが、人族や獣は影響を受けるのである。
濃すぎる瘴気はその土地を腐らせて草木は育たなくなるし、体の弱った者にとっては毒になるし、下手をするとスケルトンやゾンビなどの魔物を生み出す可能性もある。
あの土地は、しばらく毒の土地と呼ばれる可能性もあった。
ニュートリノ・タイラントサウルスの死体も持って行って手柄にしようかと思ったが、爆裂の影響でズタズタになった巨躯が瘴気に染まり過ぎていて街に持っていくのは諦めた。
「少なくとも、連中には私たちがやったってバレてるし」
「商人が働きかけて、指名手配の上で俺たちがイカサマして【ミョルニル】を奪い、しかも精鋭部隊を殺したことにするって可能性も、ま、ないことはないかもね」
「じゃ、やっぱり危ないんじゃないのよ!?」
肩をすくめるノイルに、またソプラがヒートアップしかけるが。
「俺なら、そんなバカな真似はしないかなー。方法が分からなくても、Bランクらしき魔道士を殺してAランクの魔獣を仕留めてる相手に、この上さらにケンカ売って恨み買うくらいなら諦めるし」
相手はあくまでも、こちらをただの冒険者だと見て仕掛けてきたのだ。
ズルをしまくって勝っているものの、相手はそんな事情は知らない。
「……もし相手がバカだったら?」
丸メガネの縁を押し上げながら、あまり期待していなさそうな顔でさらに問いかけてくるアルトに、ノイルは指を立てた。
「相手は国の許可を得て賭博場を経営するような商人だよ? 損切り出来ないほど頭が回らないとは思えないね。……もしその程度の相手なら、今度こそ根本から叩き潰しても問題ないだろうし」
「も、もうそれ以上聞きたくないかも……」
頬を引きつらせる心配性の少女に、ノイルはもう一つ提案をした。
「それにまぁ、もし指名手配されたらアルトとソプラも魔王領に一緒に行けば良いんじゃない?」
「……は?」
「別に賞金首にされても、勇者の適性が消えるわけでもなければ、〝勇者の祭典〟の出場資格が消えるわけでもないしさ」
勇者の適性……ぶっちゃけて言えば〝英雄形態〟の取得、聖剣の所持、レベル、そして各国王の許可があれば〝勇者の祭典〟には出られる。
賞金首だから出られない、などという規定はないのである。
「多分、移動手段が完全になくなればデュラムさんが迎えに来てくれるだろうし」
魔王の侍従であるあの四天王は、メゾの許可が下りれば拒否はしないはずだ。
一応ノイル自身も、かなり短い期間で〝英雄形態〟を得るという結果も出しているし、今のところ無下にされる心配自体はない。
「私、一応勇者候補のはずなんだけど、良いの? そんなの?」
なぜかソプラが心配半分、期待半分みたいな顔をするのに、アルトの方はチラリとソーやラピンチに目を向けてから、諦めたようにうなずいた。
「最悪、それもアリかも。魔族って思ったより普通だったし……」
「そいつはどういう意味だ?」
ソーが片眉を上げるが、気分を害した様子はなかった。
純粋に疑問だっただけなのだろう。
「ソーさんたちはなんか面白いですし。前に襲ってきた魔族は下品でしたけど、人間でも同じような感じですから……」
良い奴もいれば悪い奴もいて、姿が違うだけで普通に会話ができて、生活をしている。
そういう意味で言えば、確かに魔族と人間はアルトの言う通り特に変わりはない。
「俺っちたち面白ぇのか? ナァ?」
「少なくとも竜ヅラがアホなのは事実だな」
「確かに、思ってたよりかなりノリが軽いのは事実だねー」
首をかしげるラピンチに、バスとオブリガードがそれぞれにうなずいた。
そこでふと、ノイルはスカウトの少女に目を向けた。
赤髪の彼女は、こうした会話にも怯えたりした様子もなくついてくるし、あれだけ派手にやっているのにこの状況を楽しんでいるようだった。
ーーー聖剣を狙っている盗賊。
というには、オブリガードの気性は非常に明るい。
戦闘という意味では腕が立つとは言えないが、口と頭が回り、肝が座っている。
それは、泥臭さから学んだ生きる知恵、というよりも、どこか教養に裏打ちされた所作に思えた。
実際、戦闘に入る前に食事を一緒に摂ったが、食べ方も美しかった。
普通にソプラと並んでも、幼馴染の少女の方が野性味溢れる食べ方をしていたのだ。
「どうしたの、ノイル?」
「何見とれてるのよ?」
オブリガードがキョトンと問いかけてきて、ソプラが不機嫌そうな声を上げる。
とりあえず幼馴染の少女の方は無視して、ノイルは口を開いた。
「いや、一つ聞きたいことがあって」
「何かな?」
ニッコリと笑みを浮かべるオブリガードに、ノイルは同じく笑顔で言葉を重ねた。
「元々、オブリガードってミシーダ辺りを拠点に活動してる感じ?」
「あ、うん。基本的には賭博の街とミシーダの繋ぎみたいな依頼を受けることが多いよー」
「だから道に詳しいんだね」
「まーね」
それがどうかした? と彼女は小首を傾げながら目で問いかけてくる。
「少し気になったんだよ。足も遅くないけど、スカウト系のスキル使ってる様子はなかったし。身のこなしも軽いけど、足回りの装備に比べてナイフの質も良くないし」
オブリガードは、なるべく前に出ないように振舞っているように見えた。
実際、Bランクの実力を持つ相手に対しては正しい態度だとは思う。
が、もしスカウトとして戦ってきたのであれば、囮として前に立つこと、もしくは遊撃として動くことに慣れていてもおかしくない。
しかしどちらかと言えば、彼女の動きは『護身術』に近いものに、ノイルには見えていたのだ。
「えっと、何が言いたいのかな? アタシは確かに、戦うのには慣れてないけど。道案内の仕事ばっかりしてるしさ」
「大したことじゃないんだけどさ」
ノイルが足を止めると、それに合わせて全員が止まる。
バスはさりげなく一歩下がり、ラピンチとソーもオブリガードの左右にいた。
ーーーまぁ、逃げる心配はないと思うけど。
「オブリガードの腕輪って、目立たないように輝きを消してあるけど、手の内側に宝石がはまってるよね。それ、呪玉じゃない?」
呪玉は、基本的に魔道士に必要なものだ。
「高価だけど、いざという時の換金目的で持つようなものじゃないよね。取り扱う場所や買い手が限られてるし、いつでもギルドの窓口に行けるとは限らない。てことは」
ノイルは探るような目をしつつも笑みを消さない彼女に、指を立てる。
「実は、オブリガードって魔法の方が得意なんじゃない?」
「……まぁ、出身がミシーダだから。奥の手だったんだけどなー」
「って答えると思ったけど。もう一つ気になってたんだよね。その腕輪の意匠って、治癒士を多く擁する聖協会の正式な構成員しか身につけることを禁じられてるはずのものだから」
ノイルの言葉に、ついにオブリガードから笑みが消える。
「……何で知ってるの?」
「知識は力だよね。意匠にも幾つかあるし、その中でもかなり高位なものに見える。つまり君が得意なのは攻撃魔法じゃなくて回復魔法」
そして、小部屋の中で問いかけた通り。
彼女は『聖剣を盗りたい』。
なのに聖協会の構成員でもある。
つまり、聖協会の顔に泥を塗りたいのだろう。
単にミシーダの上層部にいるはずの連中が気に入らないだけならば、単に抜ければ済む話だ。
そこから導かれる推論は二つ。
オブリガードには意匠の地位に見合うだけの抜けられない事情があり。
さらに聖剣に関わることで、聖協会に嫌がらせがしたいとも言っていた。
そして自分たちに近づいて来て、ソプラの適性を見抜いたこと。
ここまで来ると、彼女の正体について街に入る前に確かめておく方が利益になるとノイルは判断した。
「もしかしてオブリガードってさ」
ノイルは自分がたどり着いた結論を、彼女に投げかける。
「ーーー聖剣と一生を共にするっていう〝聖女〟なんじゃないの?」




