闇の勇者はズルをする。
敵の増援が現れたのは、それから数分経った後のことだった。
おそらくは他の分岐道にも、魔道士が一応人を向かわせていのだろう。
練度的には、先ほど相手にした連中よりも劣るように見えた。
死体を目にしてバタバタと駆け回る彼らが、こちらの仕掛けに気づいた様子はない。
【魔物寄せの滴】は人間には無臭な上に一般的に出回っているものではないので、当然といえば当然だが。
現れた者たちは死体が指揮官だった魔道士だと気づいたのか、中の一人がどこかに【賢者の札】で連絡を入れ始める。
通話を終えた後は、大部分がノイルたちを追うためか先へと向かい、残った別働隊が周りを調べ始めた。
その中に、ノイルが倒した剣士の姿はない。
彼らはしばらく経てば茂みの中にも入って来そうな様子だったが……そうはならなかった。
その前に、先に向かった連中の方から悲鳴が上がったからだ。
急に動きがバタバタと慌ただしくなり、先に向かった連中の一部が怒声を上げながら逃げ帰って来る。
「魔獣だァッ!!」
同時に、ズゥン! と重い音が響き、直後に凄まじい咆哮が辺りを揺るがした。
その後、微かな地鳴りのような振動とともに姿を見せたのは、見上げるほどに巨大な魔獣だった。
ーーーニュートリノ・タイラントサウルス。
Aランクに分類される、爬虫類型の大型魔獣である。
漆黒の全身に発光するトサカを持ち、凶悪に尖った牙を生やしていた。
さらに、この魔獣は全てを灼き尽くすブレスを放つことでも有名だった。
「Aランクの魔獣を見るのは初めてだなー。凄い迫力」
「ボウズは豪胆だな」
「呑気過ぎるのよ……! どーすんのよ、アレ!」
ノイルが、間近に見るだけで背筋が怖気立つような圧を楽しんでいると、バスとソプラが口々に言う。
魔物寄せに、他の魔獣や魔物が寄ってくる気配はない。
それも当然で、討伐命令ではなく通行止めの注意喚起が出るほど凶悪・強大なニュートリノの縄張りだからだ。
魔獣や魔物であっても、踏み入れば例外なく狩られる。
つまり。
『グゥォオオオオオオッ!!』
片手に始末した冒険者の一人を掴んだまま、大きく顎を開いた魔獣は道にいる連中を熱光線で薙ぎ払った。
半数が一瞬で消炭と化し、残りの半数は熱風に煽られて吹き飛んでいく。
「おー、すげー」
「だから感心してる場合!?」
一方的な蹂躙を観戦していたノイルに対して、ソプラが小声で噛み付いて来た。
「どうやっても絶対勝てないわよ!? 私たちも見つかったら……!」
「んー……」
草の陰でアゴを撫でたノイルは、チラリと魔獣に目を向ける。
たしかに、正面から戦ったら絶対勝てないだろうが。
「ま、なんとかなると思うよ」
「なるわけないでしょ!?」
「なるなる」
「じゃ、どーするのか言ってみなさいよ!!」
バス以外の仲間たちはソプラと同じように思っているのか、こちらに問いかけるような目を向けてくる。
ちなみに好戦的なドワーフは。
「ありゃ弾けねぇな……が、皮膚はどうにか貫けるか……? 相打ち覚悟なら……」
ブツブツと、ニュートリノを相手にする際のシミュレーションをしていた。
一方魔獣は、一瞬で増援を半壊させた後は蜘蛛の子を散らした残りには目を向けず、黒焦げの死体を見てフゴフゴと鼻を鳴らしている。
そのままゴロリと寝転がり、どこか幸せそうに、死体に鼻先を突っ込んだまま動かなくなった。
ーーーそろそろ頃合いかな。
【魔物寄せの滴】は、魔物が好む成分で出来ていて、間近に嗅ぎ続ければこれを酔わせるのだという。
多分今、ニュートリノ・タイラントサウルスは酔っている。
「アルト。土魔法で出来るだけ深い穴を掘って。全員が入れるくらいの」
「え? うん……」
理由が分からない顔をしながらも、アルトが深さ150センチセンチくらいの四角形の穴を作り出した。
どうにか全員が体を押し込めそうな感じだ。
「合図出したら、耳を塞いで目を閉じてね」
「何する気よ?」
自分も含めて全員で中に入り、ノイルは一個の魔導具を取り出した。
「コレを使うんだよ」
「何その、見るからに物騒な……魔導具?」
「そう【破聖の欠片】っていうものらしいよ。これも魔王から貰ったんだけど」
聖剣を手に入れるのに必要になれば、と渡された、中にドクロが浮かんでいる紫色の宝石である。
細長い形状をしているそれの使い方と効果は、一応教えてもらっていた。
当然試したことはないが、ぶっちゃけミシーダの街で聖剣を奪うために使うにはヤバすぎる代物である。
「どういう代物?」
「魔王の攻撃魔法が込めてあるらしい」
「ハァ!?」
「ま、そんなことはどうでも良いから、伏せてなよ」
驚いてガバッと頭を上げるソプラを押さえつけて、ノイルは欠片に向かって〝爆裂しろ〟と念じた。
ぼや……と光を放ち始めたところで、慎重にニュートリノに向かってそれを投じる。
コンコンコン、と数度、熱光線で均された地面を跳ねた欠片が、魔獣の腹の下に潜り込むのを見届けて、ノイル自身も穴に頭を引っ込め、耳を塞いで身を伏せる。
その瞬間、カッ! と凄まじい光が炸裂して、激しい爆風が吹き荒れた。




