合同パーティー、魔道士と戦う。
土砂を越えて、ノイルは道の先で戦っている仲間たちに追いついた。
崖は低くなっており、片方が茂みになっている場所だ。
道で崖を背にした敵の魔道士とバスが対峙しており、その後ろにはオブリガードとアルトがいる。
もう一人いた冒険者は地面に倒れており、その前にはソーとラピンチ、そしてソプラが立っていた。
まだ余裕がありそうな様子のバスが、チラリとこちらを見て言葉を投げてくる。
「ようボウズ。そっちは終わったのか?」
「うん。神器の調子はどんな感じ?」
先ほどから雷撃が弾けている音が聞こえていたので問いかけると、バスは口をへの字に曲げた。
「上々だよ」
バスが柄の短い槌を持ち上げると、そこからバチバチと電撃が走る。
【ミョルニル】は雷属性の武器であり、確か投げて使うことも可能だったはずだ。
が、少し不満そうな顔のまま、バスは言葉を重ねた。
「こいつぁ良いもんだ……が、そこの魔道士にゃちっと相性が悪いみたいでな」
彼と対峙している魔道士の方は口もとしか見えないが、手のひらに黄色の魔力を纏わせて全員を警戒しているように見えた。
冒険者を始末したソーが、挑発するように牙を剥いて彼に声を掛ける。
「で、アンタどうすんだ? そっちは一人、こっちは三人になったが」
まだ戦んのかい? と投げられた言葉に、魔道士は広げた手を掲げて応えた。
「〝弾岩〟……連射」
魔道士が呟くと同時に、地面が抉れて指先程度の弾岩が無数に浮き上がり、ソーに向かって放たれる。
「おっと!」
スルッとラピンチがソーとソプラの前に出て、大楯を構えた。
ギャギャギャギャギャギャ! と耳障りな音を立てて、金属で出来た楯の表面に火花を散らしながら弾岩が弾ける。
その背後から、ラピンチの肩を蹴ってソーが魔道士の頭上に跳ね上がった。
同時にバスが動き、魔道士に向かって突撃していく。
すると魔道士は、続いて手にした杖を地面に突き立てて、次の呪文を口にした。
「〝石殻〟」
杖の先から生まれた黄色い光が地面に円を描くと、そこから薄い板状の石壁が伸び上がって卵の殻のように相手を包み込んだ。
「〝雷霆〟!」
雷撃を纏わせる呪文とともにバスが打ち込んだ一撃は殻を砕いたが、雷撃は相手に届かずに石の表面に弾かれる。
ソーが振り下ろした爪は、石の表面に傷を残しただけだった。
殻が砕けると同時に、魔道士は砕けた殻と二人の隙間を抜け、誰もいない方向に向かって跳ぶ。
ーーーなるほど、確かに相性が悪いね。
魔道士自身のランクは、見たところ先ほど倒した冒険者同様、Aランクには届いていない。
だが土属性は雷を無効化し、かつ物理防御としては最硬の結界魔法であるため、凌がれているのだ。
当然、剛剣ではなく速剣寄りであるソプラの剣は一番相性が悪く、アルトの火属性魔法も、土属性とは不利関係にある。
ーーーそうなるとまぁ、脳筋パーティーだしね。
オブリガードもおそらくは斥候なので、攻撃面では期待出来ない。
それでも三人がかりで先に冒険者を倒している辺りは流石だった。
後は相手が逃げを打つか、相性有利でも多勢に無勢で負けるだろう。
ノイルはそこまで見て取り、自分も剣を構えながら声を上げた。
「ソプラ、アルト。教練5番、B型T!」
ソーとバスが再び弾岩の攻撃を受けて後ろに下がるのと同時に、ノイルとソプラが前に出る。
アルトも指鉄砲を作って魔法射撃の待機姿勢に入りながら、回り込むように走り出す。
教練5番のB型は対魔法陣形の指示であり、Tはツートップ。
ごく基本的な、前衛二人に後衛一人のトライアングルだ。
狙いが外れてこちらに向かって来た弾岩の一つを剣で弾きながら前に出たノイルは、一気に魔道士に向かって距離を詰める。
先にたどり着いたソプラが刺突の連撃を放つが、相手は魔道士にしては軽快な動きでそれをかわした。
逃げる方向を先読みして回り込むノイルに、魔道士は再び杖を足場に立てる。
「〝石殻〟……」
その声に、少し焦りが滲んでいるように感じた。
目の前で形成される防御魔法に対して、ノイルは左の拳を握り込むと基礎教練で習ったスキルを放った。
「〝活拳〟!」
生命力を拳に込めて強化する、体術の基礎スキルである。
拳士基礎スキルである〝強拳〟の下位互換だが、このスキルには一つだけ特殊な属性が付与されている。
聖属性の下位である、命属性の攻撃なのだ。
ガン! と石の表面に叩きつけた拳は当然弾かれたが、ノイルは同じ箇所に向かって柄を短く握った剣で刺突を繰り出した。
「〝穿孔〟!」
螺旋を纏う剣先を突き込むと、普通なら歯が立たない殻がバキン! とあっさり割れる。
土属性は、命属性と相性が悪いのだ。
脆くなった表面なら、無属性剣士スキルでも割るくらいは可能である。
開けたのはごく小さな穴……だが。
「アルト!」
ノイルはニヤリと笑って、その場から即座に飛び退いた。
すると、背後で魔法を待機しながら指鉄砲を構えていたアルトが、腕輪型の呪玉で魔法を起動する。
「〝炎弾〟!」
アルトは、魔法の威力そのものはそこそこだが、飛び抜けているものが一つある。
ーーー魔法の命中率だ。
ドン! と放たれた炎弾が、ノイルの開けた穴の中に寸分違わず吸い込まれ……魔道士の絶叫が、石で籠った音として周りに響き渡り、すぐに止んだ。
「……エゲツネェ」
「人の装備をむしり取ろうとする賊にはお似合いの最期でしょ」
顔を引きつらせているソーが漏らした一言に、ノイルは髪をかき上げながら片目を閉じる。
せめて彼の挑発に対して降伏でもしていれば、あるいは先ほどノイルが倒した剣士のように冷静であれば交渉の余地もあったが。
「ま、劣勢に対して相手に焦りを見せちゃう程度だと、伸び代もなさそうだし」
仲間にする価値がなさそうなら、生かしていても仕方がない。
先ほどの剣士にしたところでもう一度襲ってくるなら二度目はないのだ。
義も根性もない奴など、仲間にいらないのである。
「相変わらずいい腕前だね、アルト」
「ありがと。でも、敵だからって人を殺すのはいい気分じゃないわね」
褒め言葉に対してしかめっ面をしたアルトは、額の汗を拭った。
冷や汗なのか、単に走ったからなのかは分からないが。
「まぁとりあえず、一件落着ってところかな」
そう言ったところで石の棺桶が崩れ落ちたので、ノイルは魔剣を鞘に納めた。
中から漏れ出した嫌な臭いと黒焦げの死体……そこに、コロンと一つ玉が転がっている。
赤く不吉な光を放つそれは、昔講義で使ったことがあるものだった。
「【救難の玉】だね」
「誰かに助けを求めてたってこと?」
ノイルの言葉に、同じように鞘に剣を収めたソプラがうんざりした顔で言う。
「まだ増援が来るのか」
「オラとしちゃ暴れ足りねーから、望むとこだがな」
ソーが再び表情を引き締めるのに、槌を肩に担いだバスがふふん、と笑う。
が、彼の期待には残念ながら答えられない。
「悪いけど、増援は物陰に隠れてやり過ごすよ」
「あん?」
バスが大きく片眉を上げるのに、ノイルは腰から液体が入った小瓶を取り出した。
そして黒焦げの死体に近づいて数滴振りかけると、横の茂みを指差す。
「さ、隠れよう」
さっさと茂みに向かうノイルに、ソプラとアルトが引きつった顔で追いかけてくる。
「ノイル……あなた本当に……ていうかどうやって手に入れたのよ!?」
「オブリガード、早くこっち来て!」
「どうしたの?」
アルトの焦った声にキョトンとしながらオブリガードが走り寄って来た。
すると、バスがまだ不満そうな顔でしぶしぶついて来て、その後ろでソーとラピンチが顔を見合わせる。
「なんだありゃ?」
「めちゃくちゃいい匂いだなァ? ナァ?」
「魔族にもいい匂いだと思えるんだ、アレ」
どちらかと言えば獣の嗅覚を備えている二人がヒクヒクと鼻を動かすのに、ノイルは死体にかけた液体の正体を明かした。
「あれ、訓練の時に使う【魔物寄せの滴】だよ。強い連中がうじゃうじゃいるところで使うとすげー危ないから、普通は流通していないんだけどね」
「「魔物寄せ!?」」
「だからどうやって手に入れたのよ!?」
「魔王の従者さんに頼んだら、あっさりくれたけど」
道中、結構遭遇したので使わなかったが、レベル上げするのにいちいち探すのが面倒だと思ったので一応手に入れていたのだ。
「さ、どうなるかなー」
「……なぁ、ソー」
「何だよ」
「薄々思ってたけど、俺っちたち、なんかヤベー奴と一緒にいるんじゃねーか? ナァ?」
その言葉に、茂みに隠れながらノイルは軽く反論した。
「心外だなぁ。なるべく安全に敵を殺すのは戦術の基本じゃない」
「やり方がエグいって話なのよ!!」
ソプラはこちらの狙いをきちんと理解しているようで、頬を引っ張られる。
「痛ひ」
「ていうか、いっぱい集まりすぎたらどうすんのよ!?」
「ひょんな事にはならなひよ」
ノイルの言葉に、疑わしそうな顔を近づけて来るソプラ。
それを可愛いなーと眺めながら、ノイルは安心させるようにニッコリと笑ってみせた。




