闇の勇者、手練れとやり合う。
崖を滑り降り始めたノイルは、崖の中腹あたりで斜面に突き出ていた若木の幹を掴んだ。
滑り止めのついたグローブでしっかり握って体を支えながら、崖を駆け上がってくる相手を見下ろす。
最後尾にいたその剣士は、かなり質の良い装備を身につけていた。
特に意匠などはなく目立たないようにか鈍い光沢を放っているが……鎧そのものは青い金属で出来ているように見える。
ーーーおそらくは、真銀製だ。
一般流通する中では、最硬度を誇る覇鉄鋼製の装備には防御力で劣る。
が、代わりに破魔の性質を持ち魔法に強い金属である。
スキルの威力を高める性質も同時に持ち合わせている真銀は、掲げた剣にも使われているようだった。
ーーーお金持ちだなぁ。
賭博場でたまたまこちらが儲けるのを見かけただけの、ただの賊が持てるような装備ではない。
そして崖を苦もなく駆け上がってくる様子を見るに、装備者も相当な手練れだ。
カブトで顔はほとんど隠されていて目元と口もとくらいしか見えないが、視線の強さからも腕が立つことはうかがえた。
先ほどの土団子に即応した魔導士といい、賭博場を経営する商人の手下という予想に、ほぼ間違いはないだろう。
ランクは確実にC以上。
ーーー格上相手は、バスさん以来だね。
装備を新調し、かつ凶化状態の自分がどの程度戦れるのか。
唇を舌で舐めたノイルは、油断せずにタイミングをはかり……。
「せっ!」
相手がこちらの間合いに踏み込んだ瞬間に、斜面を蹴って跳んだ。
「〝剣閃〟!」
斬撃を飛ばす剣士スキルで、相手の頭上から先制攻撃を仕掛ける。
こちらの動きをしっかり目で捉えていた剣士は、斜面に剣を刺すとそこを起点に横方向に避けた。
足場が悪い状態なので、無茶をし過ぎれば即座に転げ落ちる。
ノイルは飛ぶ前に見定めていた別の若木を踏み折りながら着地し、斜面を靴底で抉りながら斜め上に駆け出す。
位置取りは常に意識するべきだ。
相手より下にいれば、それだけで不利になる。
何度か斬撃を飛ばすが相手には当たらず、逆に斬撃を飛ばされてノイルは足を止めた。
すると即座に相手がスキルを発動する。
「……〝急襲形態〟」
相手が使用したのは、剣士系の中位身体強化スキル。
効果時間が短い代わりに、〝強襲形態〟よりも瞬発力を大幅に強化するものだ。
ドン! と斜面が弾け飛ぶと同時に、真下にいた相手の姿が掻き消える。
ーーーーッ!
ノイルは、意識を極限まで目に集中した。
ソプラを痛めつけた魔族どもを屠った時のように、時間の流れが緩やかになったような感覚が生まれて、相手を再び視認する。
まっすぐにこちらに向かってくる相手は、手にした真銀製の片手剣を肩口に担ぐように構えた姿勢で突っ込んできた。
圧を感じるほどの勢い。
しかし引かずにその場に踏ん張ったノイルは、相手の口の動きを読んだ。
『……〝両断〟』
スキルの発動と同時に、相手の刀身が赤い輝きに包まれる。
斬撃と共に衝撃波を発生させる、剣士スキルの派生……剛剣のスキルだ。
後ろに跳んでも横に跳んでもやられる、と見て取ったノイルは、前に跳ぶ。
逆に相手の足元へ、頭から崖を滑り落ちるほどに身を低くして潜り込みながら、振り下ろされた相手の剣を背中に回した魔剣の腹で受けた。
「ーーー〝対抗〟」
同時に発動したのは、『相手のスキル効果を軽減する』防御スキルである。
タイミングを外し、斬撃とスキルの効果で生まれた衝撃波を受けて衝撃で息が詰まった。
だが、一撃で動けなくなるほどではない。
奥歯を噛み締めて踏ん張ったノイルは、そのまま相手の股下をくぐり抜けて反転、左手で斜面を掴みながら勢いを殺す。
想像以上に強い。
だが、全く相手にならないほどではなかった。
ーーー武器だけならこっちが上だしね。
【イクスキャリバー】は魔王から与えられた最高級の神器なのだ。
現に真銀の剣の一撃を受けても傷一つついていない。
しかし相手も当然ながら、上を取った位置的な有利を見逃すほど間抜けではなかった。
「〝穿孔〟!」
スキルの後押しで、落下を無理やり止めた状態から即座に体勢を立て直して刺突を放つノイルに、残心から最小限の動作で剣を正眼に構え直している。
「……〝反発〟」
螺旋を纏う刺突は、いなしされて弾かれた。
防御成功時にスキル効果を消滅させる相手のスキルで、螺旋の威力が消える。
そのまま相手は、流れるように再び肩に剣を担いで……。
「……〝連撃〟」
剛剣の中位スキル、〝両断〟の上位互換である高速の連続斬撃を繰り出した。
ーーーノイルの、予想通りに。
相手の力量から、好機は逃さない。
確実にこちらを仕留められるレベルの大技を繰り出して来る、と思っていたのだ。
ピィン、と意識を張り詰めたノイルは、剣を引いて腰だめに構え、相手の斬撃を一度ギリギリで避ける。
外れた刃に宿った衝撃波が、激しく斜面を抉って轟音と共に撒き散らした。
そして返す刃の一撃に合わせて、ノイルは鋭く息を吐く。
「ーーー〝反撃〟」
自分に迫ってくる刀身の上を滑らせるように、相手の胸元に向けて刺突を放つ。
良くて相打ち。
下手をすると、相手の鎧に防がれてこちらだけが一方的に斬撃を喰らうタイミング。
だが、魔剣の刃先がカッ、と相手の鎧に当たった瞬間。
ーーー相手は、轟音と共に大きく崖上に向けて吹き飛んでいった。
「……ふぅ」
斜面に激突し、仰向けに倒れた相手は動く様子を見せない。
近づいたノイルは、相手の息がまだあることを確認した。
真銀の鎧は胸元が大きく陥没してひび割れており、衝撃の大きさが分かる。
反撃のスキルは、剣士系の初等スキルだ。
その発動条件は極めて限定的で、相手の武器に触れた上で相手より先に反撃を加えることで発動する。
効果は、相手の使ったスキルの威力をそのまま相手に返す、というものだ。
真銀を破壊するほどのスキルを放つ手練れは、吹き飛んだ衝撃でカブトが脱げていた。
青い髪を持つ、精悍な顔立ちの青年である。
ノイルよりは年上だろうが、まだ若い。
意識はあるようで目がこちらを見ていたが、多分衝撃で体が痺れて動けないのだろう。
目は冷静な色を保っていて、命の危機に対して何を思っているかは読めなかった。
「俺の勝ちだね。すごく強かったけど」
「……」
相手は沈黙したままだ。
多分賭博場からの刺客なのかどうか、は話さないだろう。
だがノイルは、トドメを刺す気がなかった。
「単にカネ目当てで雇われてるのか、他の事情があるのかは知らないけど」
「……」
「俺たちは今からミシーダに向かうから、良かったら来てね。どうせ戻っても、処罰とか粛正とかだろうし」
こちらの意図が読めなかったのか、相手の目にわずかに訝しげな色が浮かんだ。
賭博場で勝った相手を殺すような仕事は、どうせ後ろ暗いものだ。
バスたちを追って行った魔導士はリーダーだろうから何か旨味があるだろうが、下っ端にそんなものがあるとも思えない。
「これだけの強さで、捨て駒扱いは惜しいよ。俺、一応闇の勇者なんだけど、強い仲間を探しててさ」
ノイルは、倒れた相手の目を覗き込んで、にっこりと笑みを浮かべて見せる。
「仲間になる気があったら、来てよ。損はさせないからさ」
じゃーね、とそのまま相手の返事を聞かずに、ノイルは駆け出した。
向こうの戦闘はまだ続いている。
ノイルが土砂の山を越えて近づいて行くと、一際強烈な光が道の先で弾けた。




