闇の勇者、スキルで遊ぶ。
ーーーミシーダに向かう山、谷間の道。
何人かの男たちが、その道を通りかかった。
冒険者風の格好をしており、大半は剣を腰に差しているが、一人だけ違う風貌の者がいた。
真っ黒なローブを身に纏って杖を持った魔導士っぽい奴だ。
全体の指揮を取っているのはその人物のようで、すぐそばに火の玉に似た精霊……〝愚者の火霊〟である。
「……来たね。なるほど、ああいう方法で追うのか」
ノイルは、敵の使っている方法に感心した。
冒険者……というより、スキルや魔法を使う者には共通する特性がある。
常に微弱な魔力が体から漏れ出ているのだ。
この流れ出る魔力を利用して動いているのが【賢者の札】なのだが、まぁそれは置いといて。
漏れ出る魔力を完全に抑えるのは、忍者や高位の魔導士、あるいは熟達した冒険者の一部でないと不可能らしい。
相手はそれを知っており、魔力を感じる力に長けた精霊を使ってこちらの足跡を追わせたのだ。
そうして相手を追跡する方法はいくつかあるのだが、そういう方法を見たのは初めてだった。
「勉強になるね」
「……感心してる場合じゃないよ。精霊召喚の魔法を使うのは、大体高位の冒険者よ?」
ノイルが彼らを見てうなずいていると、アルトが声をかけてくる。
召喚魔法というのは、行使に際して契約などの煩雑な手間の他、術式自体を精密に編める必要があるのだ。
そのため召喚魔法を使っているだけで、魔導士系統の職についている者の中でもかなり腕が立つことが分かる。
しかし、アルトの心配にノイルは自分の後ろを指差した。
「高位の冒険者ならこっちにもいるよ?」
「あー、まぁ、うん……」
なぜか歯切れの悪い彼女だが、その理由を問う前に相手がポイントに差し掛かった。
「じゃ、始めようか」
ノイルは眼下のーーー自分たちが潜んでいた崖の下を通り掛かった連中に向かって、指で輪を作ったくらいの大きさの石をそっと転がしながらスキルを発動した。
「〝土団子〟」
ただ、石の周りに土を吸い付かせるスキルである。
冒険者養成学校で習うようなものではなく、スキル使いの適性を持つ子どもが使うような他愛もない……お遊びのよなスキルだ。
だがその効果はといえば、『一転がしで体積が倍になる量の土を、十秒間吸い付ける』というものである。
ーーーそれを、数十メートルはある斜面から転がすとどうなるか。
急な斜面を跳ねながら転がり落ちる石が、みるみる内に膨れ上がり……敵が気づいた頃には、石は崖を削り落とすほどの大きさの土塊になり、その頭上に迫っていた。
凄まじい轟音と共に相手を巻き込みながら道に叩きつけられた巨大な土団子が、効力を失って周りに土砂を撒き散らす。
「あはは! 上手くいったね!」
土は、まるで土砂崩れのように道を塞いでいた。
その様子を見て、ソプラが呆れた顔でこちらに目を向ける。
「あんたってホント、こういうイタズラ考えるのは天才的よね……」
「いや、これは確か4歳の時にソプラがやったんだけど。確か山の上流で川の流れ変えちゃって大変だったんじゃなかったっけ?」
「お、覚えてないわね!」
「……あなたたち、一体何してるのよ?」
たかが子どもの遊び程度のスキルで、崖が削れるようなことになるとは思っていなかったらしいアルトが、頬を引きつらせている。
「おい、新米ども。まだ安心するにゃ早ぇぜ?」
バスが腰の【ミョルニル】を引き抜きながら、眼下にアゴをしゃくる。
見ると、土砂の一部が動いて自分の周りに結界を張った魔導士が姿を見せた。
それ以外にも、最前列と最後列にいた冒険者風がそれぞれ一人ずつ助かったようで、土の下から這い出て来てこちらを睨みつけている。
「ありゃ、助かっちゃったね」
もう一度土団子を転がしてやってもいいが、さすがにこれ以上道を塞いだらマズい気もするし、崖そのものが崩れ落ちて自分たちが巻き込まれるかもしれない。
音は響いたし、大半は始末出来たし、それで納得しておくところだろう。
「じゃ、残りは真面目に相手しようか。格上相手は初めてかもね」
この間ぶち殺した魔族どもよりは、はるかに手応えがありそうな相手である。
「全員で、山の上の方に追い込んで行こう。あまり距離を取ると魔導士が魔法を放ってくるかもしれないから、冒険者風からあまり離れないように相手しながらね」
「ククク、腕が鳴るなぁ!!」
どうやら初めて【ミョルニル】を使えるのがよほど嬉しいらしいバスが、嬉々として崖に向かって飛び込んでいく。
ザザザザザ! とほとんど滑り降りるように崖を降りていくドワーフを指差して、ノイルはソプラに問いかける。
「真似する?」
「出来るわけないでしょ!? 斜めに降りるわよ! ーーー〝強襲形態〟!」
怒鳴り返して来たソプラがスキルを発動して、指示通りに前方に向かって走り出す。
「じゃ、オレらも行くか」
「りょーかい」
時折、剣を崖に立てて支えにしながらそれなりの速度で降りていくソプラを、アルトを肩に担いだソーと、その後ろについたオブリガードが追う。
「俺っちはバスのおっさんと同じ降り方しようかなぁ、ナァ?」
そして、ラピンチが一直線に魔導士に迫っていくバスを追った。
「そしたら俺は……アイツかな」
最後尾で、こちらに向かって崖を跳ね登ってくる冒険者を見て、ノイルは【イクスキャリバー】を抜いた。
そしてニィ、と笑みを浮かべながらスキルを発動する。
「ーーー〝英雄形態・凶化〟」
ズォ、と体の奥底から湧き上がる高揚感と力。
それに心地よく身を委ねながら、ノイルも崖を駆け下りた。




