闇の勇者は、じゃれ合いながら悪巧み。
オブリガードの案内で抜け道を通ったノイルは、地上に出て周りを見回した。
どうやら街のそばにある林の中に出たらしい。
上を見上げると、街の外壁がすぐ近くに立っているのが見えた。
「背中が痛ぇ……」
窮屈そうに穴を通り抜けてきた巨体のソーがしかめっ面をするのに、オブリガードが肩をすくめる。
「あんまり大掛かりに穴を開けると気づかれるからね。狭いのは仕方ないよ」
「軟弱だな、虎アタマ」
まるで堪えた様子もなく這い出てきたバスの言葉に、彼は恨めしそうな目を向けた。
「そりゃあんたは小柄だからな。……だが、片腕ねーのによく疲れねーな」
「ドワーフ族は元々穴倉に住んでるもんだ。懐かしいくれぇのもんだったね」
「ソーよ。おめーよりさらに重装備の俺っちの方がしんどいんだが? ナァ?」
ゼーゼーと息を吐きながらラピンチが口を挟むが、汗をかかない鱗の体とそもそも感情が読みにくい竜の目をしているためあまり疲れているようには見えない。
―――ラピンチは損な体質だなぁ。
本当に疲れているのだろうに、人間のノイルからはどこか滑稽に見えるので少し可哀想ではあった。
残りのアルトとソプラが抜け出してきて、乱れた髪を手櫛で整え始めたところで、オブリガードが林の奥を指差した。
「向こうに抜けたら、ミシーダに向かう街道だけど。どうする? このまま行く?」
「夜陰に乗じるのはいいけど、夜の間に着くかな?」
「厳しいかもね。間にさほど高くないけど山を挟んでるし」
「山道か……」
ミシーダとこの街を繋ぐ街道がどういう形になっているのかを確かめようと、ノイルは【賢者の札】を取り出して、ギルド貯蓄記憶の中にある有料地図を表示した。
大まかな道だけでなく、詳細な部分まで描かれている冒険者専用の地図だ。
ごく限定的な地域しか表示してくれない上に、表示するごとに金がかかるがその分正確さと更新速度は世界に数ある地図の中でも最上級である。
ノイルがこの街からミシーダに続く街道を指で辿っていると、近づいてきたソプラがこちらの後ろから、肩に顎を乗せるように覗き込んできた。
「何を見てるのよ?」
「ん? 街道に斜面とか、可能なら谷間みたいな筋がないかを探してるんだよ」
頬をくすぐるソプラの白い髪と、間近にあるどこか不機嫌そうな整った顔立ちにノイルは目を向ける。
相変わらず、いつも偉そうに対応してくるわりに距離が近い。
そういうのに無自覚なところも、まぁソプラらしいと言えるが……残念ながら背中でその胸の感触を感じるには【風の鎧】の胸当て部分はゴツくて硬すぎた。
「それなら、この道は?」
邪なノイルの思考に気づいた様子もないソプラは、赤い瞳でチラリと地図の遠景を見た後、勝手に手を伸ばして札を操作して一箇所を拡大した。
いくつかに分かれている山道の中でも、ミシーダへは少し遠回りになるルートだ。
だが、確かにノイルの言った条件に合致しているように見えた。
ソプラは脳内に立体を構築するのが得意なのだ。
初めて赴く場所を地図を使って踏破する演習では、道に迷うのを見たことがない。
逆にその能力のおかげで、小さい頃から大人が聞いたら顔が引きつるような遠出に連れ回されることも多かったのだが。
「さすが主席。ピッタリだね」
「このくらい当然よ!」
ノイルが素直に褒めると、得意げに鼻を鳴らしてふふん、とこちらを見下したような顔をする。
が、その腰の後ろで尻尾がブンブン振れているように見えるノイルには全く気にならない。
「ありがとう」
改めて礼を述べてから、ノイルはオブリガードに声をかけた。
「ここって実際にどうなってるか分かる?」
「ん?」
呼ぶと札を横から覗き込んだ彼女は、その場所を眺めて記憶を思い起こすように目を細めた。
「傾斜や谷間だったりとかする?」
「するね。雨が降ると崖崩れとかが危ないから使わない道だけど。それがどうしたの?」
「ビンゴだね。ここに行こう」
すると、ソーとラピンチが顔を見合わせる。
「おいノイル」
「わざわざ遠回りする理由はなんだ? ナァ?」
二人が問いかけてくるのに答えず、ノイルはバスに目を向ける。
「バスさん、どう思う?」
「ボウズが思ってることが正確にオラに分かってるなら、悪くねーな」
主語のない会話に、ソプラが下唇を突き出した。
「何二人で通じ合ってるのよ。そういうのやめなさいよね!」
「ていうか、今その道使えないよ。その先に魔獣が巣食ってて、ギルドで退治の依頼が出てたし」
オブリガードが言い添えるのに、ノイルは再びバスと目を見合わせた。
「ますます好都合じゃねーか」
「ついでに稼いで一石二鳥で行こう」
「だから! 私にも分かるように説明しなさいよ!」
ソプラは両手でノイルの頬を左右に引っ張った。
「こへはと、へふめいへきないけふぉ?」
まともに喋れない上に両頬が痛い。
そんなこちらの様子を見かねたのか、アルトが丸メガネの縁を押し上げながらあまり気の進まない様子で口を開く。
「街からの追っ手をミシーダまでに捲けなそうだから、そこでハメようとしてるのね……?」
「へーはい。はふがはるふぉ」
「何喋ってるか分かんないわよ!」
それはソプラが頬を引っ張っているからなので、ノイル自身のせいではない。
「じゃれつくのも良いが、方針が決まったらさっさと動くぞ」
「ほーだへ」
ノイルはソプラの手を離させると【賢者の札】を仕舞いながらオブリガードに目を向ける。
「そしたら、案内してくれる?」
「喜んで。着いてきて!」
赤髪の少女は親指を立てると、先頭に立って歩き出した。




