赤髪の少女は手助けをしてくれる。
「何これ!?」
重い音を立てて倒れ、上に乗っていた皿などが散らばって激しい音を立てた八人がけの円卓を盾にした後ろで。
ソプラが状況を全く把握できていない様子で怒鳴るのに、オブリガードと共に滑り込んだノイルは、アハハと笑った。
「魔法で攻撃されてるね。多分〝弾岩〟じゃないかな」
いまだに続く銃撃音に、食堂の中は他の冒険者たちの怒号と悲鳴に包まれている。
土の下位攻撃魔法であるそれは少し特殊で、親指の先ほどの石つぶてを放つ以外になんの追加効果もない代わりに『重ね掛け』が出来るのだ。
襲撃者が重ねているのはおそらく〝連射〟と呼ばれる、魔力の続く限り同魔法を高速ループし続ける下位魔法だ。
「向こうさん、最低でも3人はいるな。どうだ虎アタマ?」
「オレの鼻だと5人だと思うが、魔法のせいでめちゃくちゃ土臭ェからはっきりはしねぇ」
バスの問いかけにコリコリ爪先で鼻を掻いたソーは、チラリとこちらを見た。
そんな彼に、ノイルはオブリガードの肩を抱いたまま問いかける。
「裏には誰かいそう?」
「さーな。少なくともニオイはしねーが」
「なら、逃げよっか」
街の門はとっくに閉じているし、もしかしたらもう逃がさない為の準備も出来ているかもしれないが、それはそれだ。
「別に逃げるのは構わねーが、アテはあるのか?」
「相手もそこまで準備する時間があったわけじゃないだろうし、イケるんじゃないかな」
ノイルの言葉に、オブリガードがこちらの顔を見上げてくる。
「襲われてるのってキミたちなの?」
「多分ね。賭博場の支配人あたりの差し金じゃないかな」
ただの盗賊やオブリガードのような金のニオイを嗅ぎつけた相手なら、ここまで派手にはやらないだろう。
公営賭博場があるだけあって、この街はそれなりに栄えているし、その分配属されている憲兵の数も多い。
「襲撃者のバックには揉み消せる相手か、捕まった後に安全に釈放される保証があると見た方がいい。もし反撃したら一緒くたに捕まって、俺たちのせいにされるかもね」
よほど【ミョルニル】が惜しいのか、大損したのが気に入らなかったのか。
そんな風に考えていると、ソーが眉根を寄せてこちらを見た。
「逃げても追ってくるんじゃねーか?」
「街の外に出たら、殺しても問題ないでしょ。反撃するにも、そもそも俺たちには現状、反撃手段がないよ」
誰かあれに対抗できる結界魔法か攻撃魔法使える? と未だに続く石つぶての魔法を手で示すと、全員が否定を返してきた。
弱い魔法だって当たりどころが悪ければ死ぬし、痛いものは痛いので無数の石つぶての中に飛び込みたくはない。
「てゆーか、国の人間がこんなことしていいの!? 違法なことはしてないんでしょ!?」
「違法なことはしてないけど、無体なことはしたよね」
ソプラがズイっと顔を近づけて来るのに、ノイルは肩をすくめた。
まぁ正直、自分の運が尋常じゃなくいいことにケチをつけられても困るのだが、人間は理屈だけで動くものでもないし、証拠がないだけでイカサマを疑われている可能性もある。
「公営賭博場って言っても、運営してるのは許可を貰った商人だしねぇ」
商人は国とも結びついているが、賭博場を運営するとなれば裏社会との繋がりも絶てない。
その三者がカネで結びついたらお互いの関係が腐らないほうがおかしいとも言える。
「で、どうやって逃げるの?」
もうどこか諦めた様子を見せているアルトに、ノイルは笑みと共に言い返した。
「これから考えるよ」
「だと思った……」
信頼されているようで何よりだ。
「逃げるなら、抜け道知ってるよ」
オブリガードの言葉に、全員がそちらを見た。
彼女も落ち着いた様子なので、こうした荒事に慣れているのかもしれない。
あるいは単に肝が座っているのか。
ーーーふむ。
ノイルは少し考えてから、オブリガードに問い返した。
「それ、お金かかる?」
「少しはね。裏道だけど、冒険者ギルドの斥候部が管理してるところだから、敵の息はかかってないと思うよ」
「なるほど」
冒険者ギルドは魔物素材などの収集や管理が膨大であるため、唸るほどカネを持っている。
さらに給料も高額、かつ職員がほぼCランク以上の冒険者上がりなのでギルドの損になるような行動はしない。
ぶっちゃけたかが一領主や商人よりも、ギルド上層部のほうが怖いからだ。
ギルド管轄の抜け道そのものは敵にも把握されている可能性があるが、通せんぼされることはない。
「ここからの距離は?」
「外の壁が近いし、路地二つ挟んだくらいかな」
「逃げ込めれば問題ないか。ならそれで行こう」
待ち伏せがいたら流石にそれは倒さないといけないので、指名手配を食らわないことを祈らないといけないかもしれない。
「じゃ、行こう」
敵の攻撃が少し緩んだあたりで、ノイルは飛び出した。
店の奥にあるカウンターの脇に身を伏せて、仲間たちに見えた裏口を示す。
バスを先頭に次々と中に向かう仲間を見送りつつ、ノイルはカウンターの内側で身を伏せているイカついマスターに声をかけた。
「ちょっと裏口借りるよ。後、お代と倒したテーブルや皿の弁償費用ね」
ノイルは先ほどオブリガードにパクられた革の袋を床に滑らせた。
「あの阿呆どもはテメェらが狙いか!? ぶっ潰して行けや!」
流石に冒険者を多く泊める宿の主人だけあって、落ち着いてはいるものの額に青筋を立てて怒鳴ってくる。
「俺らかどうかは分からないよ。心当たりはあるけど」
「つーかこれっぽっちで弁償費用にゃ足りねーんだが!?」
「それは俺たちが倒したテーブルと皿の分だってば。残りはあいつらに請求してよ。じゃ!」
クイ、と親指で襲撃者たちがいる入り口の方を指さすと、そのまま手を上げてしんがりを務めているソーの背中を追う。
待てコラ! と声をかけられるが無視して、ノイルは裏路地に飛び出した。




