闇の勇者は、赤髪の少女にひっつかれる。
肩を叩かれたノイルが後ろを見ると、そこに一人の少女が立っていた。
シャギーを入れた、赤い髪を持つ美貌は幼馴染み組と同じくらいの年齢に見える。
どこかヤンチャそうな様子の彼女は、一見して斥候のような装いをしていた。
大きく胸ぐらが開いたインナーに、太ももがほとんど剥き出しのショートパンツ。
腰にポーチとダガーを下げていて、革の軽装鎧と足元を固める黒いニーソックスとショートブーツ。
「君は?」
「アタシはオブリガード。よろしく」
メリハリの利いた引き締まった体を惜しげもなく晒す、どこか扇情的な相手はニッコリと笑ってノイルの肩に手をかけた。
「……なんか馴れ馴れしい女ね」
「うん……」
ソプラはただ気に入らなそうにオブリガードと名乗った少女を見ているだけだが、アルトの顔には『賭博場の行動のせいじゃないかな……』と、ありありと書いてあった。
「で、俺に何か用?」
「うん。ちょっと、お金持ちと仲良くなりたいと思ってね」
ずいぶんと物言いが率直なので、ノイルは逆に好感を持った。
切れ長の目でまっすぐにこちらを見ながら彼女がかがみ込んだので、胸元と顔がとても近くなり、甘い匂いがふわりと香った。
「もうほとんどないよ」
「そうだね。しかも自前の装備じゃなくて仲間の装備を充実させてる。そういうところも男前だね」
ふふふ、と表情を緩めるオブリガードに、ノイルは軽く眉を上げてカマをかけてみた。
「俺たちを賭博場からずっとつけてたってことかな?」
「まーね」
あっさりと肯定されて、逆に肩すかしを喰らう。
まるで悪びれたところがないので、カラッとした印象すら覚えるのはこれは人徳なのか計算なのか。
ーーー素直ってのとも違うし、ハモニさんとは別の意味でやりづらいなぁ。
内心そんな風に思っていることはおくびにも出さず、ノイルは言葉を重ねる。
「見てたなら、今のところ俺はお金持ちじゃなくなったことも知ってるよね。つまり君の狙いが財産なら、俺と仲良くなっても得はないよ」
「ちょっと言葉が悪かったかな? アタシはお金が好きっていうよりは、それを稼げるくらい才能のある人とか、頭がキレる人が好きって感じなんだけど」
ついにノイルと肩を組み始めたオブリガードに、ソプラが刺々しい声を上げる。
「ちょっと!? いくらなんでもひっつきすぎじゃない!?」
「え? 何か問題ある? 別に彼、嫌がってないし」
即座に問い返されて、ソプラの方が少し言葉に詰まった。
「しょ、初対面でそんなべったりする人がどこにいるのよ!?」
「ここにいるよ。他のヤツは知らないけど」
オブリガードは言いながら、またノイルに目を戻した。
「ね、私もパーティーに入れてくれない? 見た感じ、まだ組んだばっかりっぽいし。アタシ役に立つよ?」
「どんな風に?」
肯定も否定もせずにノイルが問いかけると、彼女は身を起こして片目を閉じた。
「こんな風に♡」
言いながら彼女がプラン、とぶら下げたのは、ノイルが腰に結んでいた金銭袋だった。
ーーーへぇ、警戒してたのに。
思いながら腰に手を伸ばすと、紐を硬く結んでいたはずの金具だけがチャラリと鳴る。
「やるね。手先も器用だし、全然気づかなかった」
「そうでしょ?」
ニコニコしながら袋を返してくるオブリガードに、ノイルは他の面々の顔を見回す。
ソプラは猫が毛を逆立てているような様子で彼女を威嚇し、アルトもメガネのふちを押し上げながら疑わしそうに見ている。
ソーは『また厄介そうな……』と言わんばかりの呆れ顔で、ラピンチは『俺っちも鱗のキレイな女にひっつかれてぇナァ?』と漏らした。
バスは、何を考えているか分からない半眼で成り行きを見守っていたようだったが、軽く目配せをしてきた。
「えーっと、オブリガードだったっけ」
「そうだよ」
「俺はノイル。まぁあなたにはすごく興味が沸いたんだけど」
「ホント?」
ノイルはパッと顔を明るくした彼女にうなずきかけながら腰を浮かせ、対面に座るソーの爪先を軽く踏む。
オブリガードに見えない顔の向きで、こちらを見たソーに目で『バスの方を見ろ』と合図すると、バスが軽くテーブルのふちに手をかけた。
ソーが、くん、と鼻を鳴らしながらラピンチに肘で合図するのと同時に、ノイルは立ち上がる。
そのまま、ニコニコとこちらの言葉を待っているオブリガードに笑みを向けて、その背中に手を添えた。
「パーティーに入れるかどうかは……」
「どうかは?」
「ーーちょっと、厄介ごとを片付けてからね!」
言いながら思いっきり彼女の背中を押すと同時に、ノイルは自分が座っていたイスを蹴り飛ばした。
「「!?」」
思い切り息を飲むソプラとアルトをラピンチがたくましい腕で引っ張り、同時にソーとバスが立ち上がりながら空の皿が乗っているテーブルを思い切りひっくり返す。
その下をすり抜けるようにオブリガードと一緒にノイルが飛び込むのと同時に……。
店の外から呪文が聴こえてきて、ダダダダダダ!! と盾にしたテーブルの表面に何かが突き刺さる音が響き渡った。




