闇の勇者はギャンブラー。
「ブ、ブラックジャック……」
公営賭博場にて。
ディーラーの引きつった宣言に、ノイルの卓を囲んでいた観衆が、ザワリ、と一浮き足だった。
最初から見ていたソーとラピンチはあんぐりと口を開き、ソプラとアルトは軽く冷や汗を掻いていて、バスはいっそ感心したようにアゴヒゲを撫でていた。
『六連続だぜ……』
『イカサマじゃねーのかよ、あれ……』
三回目辺りから見物を始めた客の一部がそんな言葉を漏らし始めたので、ノイルはそろそろかな、と思いながら足を組み替えた。
ブラックジャック、というのは、このカードゲームで引いたカードの合計が『21』になった最強の手役のことである。
ノイルは今『11』の数に相当するAのカードと『10』に相当する絵札の二枚を六連続で引き当ててディーラーに勝っていた。
しかも、全ての勝負で全額ベットである。
ーーーそもそも自分でカードに触ってないのに、イカサマなんか出来るわけないでしょ。
薄く笑みを浮かべながら、ノイルは目の前に積み上がったコインの山を頭の中で計算した。
アルトとソプラの装備は問題なく買えるし、ラピンチの分も高いものでなければ一式揃えられるだろう。
だが、このカジノの景品コーナーでノイルは一つ良いものを見つけていた。
「ねぇ、バスさん」
「なんだボウズ」
「バスさんって、斧だけじゃなくて槌も使える? ーーー雷を纏えるの、とか」
その言葉に、ふたたび周りの連中がざわめいた。
ノイルが口にしたのが、交換にコイン数がこの40倍は必要な【ミョルニル】と呼ばれる柄の短い槌の特徴だったからだろう。
聖剣魔剣に並ぶ、非常に強力な武器である。
するとバスは、不敵に太い笑みを浮かべてアゴを上げた。
「ナメるなよボウズ。……朝飯前だ」
「じゃ、貰おうか」
「おいおい、バスのおっさん……!」
「の、ノイル、本気なの……!?」
ソーとソプラがそれぞれに声を上げるのに構わず、ノイルは手元のコインをふたたび全部前に押し出してベットしながら、青ざめているディーラーに宣言した。
「ーーープレミアム・コール。フォーカード〝7〟」
その宣言に、ついに観衆が沈黙した。
それはカジノ備え付けのルールブックに記載された、ここの特殊ルールである。
プレミアム・コールは自分の勝ち役を宣言するものである。
ダブルアップ、と呼ばれる配当を上げるルールは使えなくなる。
負けた時に取られる金額が、ベット額の倍。
別の札で勝った時の配当が半分になる。
その代わりに、宣言した手役で勝った時の配当が記載された表の通りに増える、というルールだ。
ノイルが宣言したのは、配当が50倍になる最高の……しかし通常では確実に出ない手役が出るものだ。
まず、ディーラーと自分が最初に提示する札が『7』であること。
その上で、二枚札をもらい、そのどちらもが『7』……合計『21』になる役のことである。
場に4枚の『7』が出るので、フォーカード〝7〟なのだ。
全員が固唾を呑む中、イストは新しいカードの封を切って切り始めたディーラーに釘を刺す。
「イカサマはなしですよ?」
「……」
もちろん、コール以外で客とのやり取りに応じることが禁じられている彼は答えなかった。
が、チラリと目が警備を兼任している黒服のほうに泳いだのが見える。
そちらを見ると、支配人らしき男が黒服の背後にいた。
厳しい表情をしているが、どこか目に侮るような光が浮かんでいる。
ーーー出るはずがない。
そうタカを括っているような顔は、その場にいるほぼ全員の気持ちを代弁していただろう。
多分疑っていないのは、バスとノイルくらいだ。
ディーラーは切り終えた山札を置き、一枚ずつ自分とノイルの前に伏せる。
まずは相手がノイルの札をめくると、ソプラが息を呑んだ。
『7』。
続いて、ディーラーの数も『7』を提示すると、アルトの目が泳ぐ。
ノイルは手を伸ばして、トントン、と指先でテーブルを叩く。
もちろん、ヒット……つまり『もう一枚寄越せ』の合図だ。
ラピンチは、口を開けたまま固まっている。
ディーラーが札をめくると、それも『7』。
ありえねぇ……とソーの口が音を漏らさないまま動くのに、ノイルは片目を閉じて見せながら。
トントン、ともう一度テーブルを叩いた。
そうしてめくられた札にーーーディーラーの顔はもはや、青を通り越して土気色をしていた。
「……俺の勝ちですね?」
その瞬間、静まり返っていた観衆が怒号のような歓声を上げる。
信じられねぇ! アイツには悪魔が憑いてるぜ!!
そんな言葉が聞こえたので、ノイルは内心で言い返した。
ーーー俺の後ろにいるのは、悪魔じゃなくて魔王だけどね。
もっとも、そんなことは自分の運にはあまり関係がない。
ノイルは今までの人生で一度も賭け事に負けたことがないのだ。
理由は分からないが、案外観衆の指摘は正しいのかも知れなかった。
別に何が憑いていたところで、ソプラに害がなければそれでいい。
「オラもこれで、神器持ちか。腕をなくした時に諦めたつもりだったがな」
「諦めてたら、魔王のところに魔剣を取りにはこなかったでしょ?」
まるで動じた様子もない隻腕のドワーフに、ノイルは頼もしさを覚えながら言い返す。
「ーーーお互い、あの試験会場でいい買い物したね」




