闇の勇者は、装備を買い揃えるために一つ提案する。
翌日。
聖剣がある『ミシーダ』の一つ手間にあるカケゴトの街で、アルトたちは冒険者ギルドに寄った後に大通りに来ていた。
大通りの脇にズラリと立ち並ぶのは、食料品の露天商の他、工房を構える各種装備店などである。
「さて、無事にソーたちも転職できたし、魔物たちを倒した報酬も手に入れたわけだけど」
何げに冒険に出てから初報酬である。
倒した魔物のランク的に、ノイルたち養成学校組にしてみたら中々の大金を手に入れることが出来た。
しかし残念ながら貯金に回すわけにはいかない。
「とりあえず装備を買い換えようと思う」
パン、と手を叩いたノイルの提案に、ソプラが片眉を上げた。
「もう? 卒業の時に皮の鎧とか贈られたばっかりじゃない」
「これからFランクの魔物を相手にして、皆と同じようにチマチマレベル上げていくならそれでもいいけど」
ノイルは、彼女の立ち姿をじっくりと眺めた。
「な、何よ?」
少し照れたような様子を見せながらも相変わらず口調が素直ではないソプラが腰に手を当てるのに、軽く言い返す。
「流石にDランクあたりをコンスタントに狩るには、皮の軽装鎧、細身のレイピア、ただのブーツ、じゃ足りないと思わない?」
ちなみに全員、盾は持っていない。
普通は片手剣装備だと皮の小盾を逆の手に装備するのだが、ノイルもソプラも速攻アタッカーなのである。
「言われてみれば、その通りね」
「避けの装備は、防御用の装備より軽量な素材で作らないといけないから高い」
ぶっちゃけ自分たちにとっては大金でも、現状の手持ちでは大したものは買えない。
「だから、ちょっとお金を増やそうと思う」
「増やす?」
アルトが丸メガネの縁を押し上げながら首をかしげるのに、ノイルはにっこりとうなずいた。
「ここは国営の賭博場があるでしょ?」
ソプラとアルトは顔を見合わせたが、ソーが口を挟んできた。
「待て待てノイル。テメーもしかして、賭博で金を増やそうってんじゃねーだろうな?」
ずい、と詰め寄ってくる、思いの外生真面目な虎の獣人に、ノイルはにっこりとうなずいた。
「そのまさかだよね。ソーはまだしも、ラピンチの装備も新調しないといけないしさ」
「俺っちの装備だって? ナァ?」
キョトンとする竜の獣人に、ノイルはうなずいた。
「そうだよ。武闘士になったソーは、基本的な動きや装備は拳闘士と変わらないけど聖騎士になったラピンチには、槍はそのままで良いとしてせめて硬めの防具が必要でしょ」
前に立って敵の攻撃を受けてもらわないといけない。
ノイル自身のレベルが上がるまでは、多少は彼らには物足りない弱めの魔物狩りに付き合ってもらわないといけないが、その間に聖騎士としての動きにも慣れてもらう方がいい。
そのためには、まず装備が必要なのだ。
ノイルがパーティーリーダーではあるものの、正直自分と彼らではランクとレベルに差があり過ぎる。
ーーー今後別に行動することも考えて、ソプラたちにもなるべく良い装備をあげたいしね。
しばらくは、手入れだけで買い換えなくて済む程度の物は欲しいところだ。
使いこなせるかどうかはともかく、良い装備というのはそれだけでテンションが上がるし、何より魔導士については魔法の媒体となる呪玉のランクが発動速度や効率をかなり左右する。
「ソプラにも、せめてBランクの【飛燕の片手剣】程度は買わないと」
「程度って装備じゃないわよね。それ、Aランクの【隼の瞬速剣】の量産用のやつじゃない」
「欲しいでしょ?」
ソプラの言葉に即座に言い返すと、ぐっ、と彼女は言葉を詰まらせた。
それらの武器は、どちらも使用者の素早さや感覚を強化する装備であり、彼女の戦い方にとっては非常に有用なものなのだ。
当然、ランクの分お値段はとっても張る。
「欲しいよね? ソプラ」
「……欲しいけど」
「じゃ、口を挟まないの」
「むぅ……ノイルのくせにぃ……」
口を尖らせるソプラに、アルトが袖を引っ張って小さな声で言う。
「ソプラ? またそういうこと言わないの!」
するとそこで、バスがゴリゴリと太い指で頭を掻いた。
「嬢ちゃんには、聖剣を手に入れるんじゃなかったのか?」
「元々、ソプラは二刀流だからね。訓練用の装備と違って実戦用の武器は重いから、もう少しスキルを強化しないと実戦で使えないけど」
それも踏まえての装備変更である。
「後は【風の鎧】と【羽のブーツ】が手に入れば当面はいいかな。アルトには【魔導士の腕輪】の上質なやつと【緩和のローブ】辺りで」
「……そこそこいい金額になる気がするけど、本当に大丈夫?」
「そうだぞ、ノイル。そもそも皮算用じゃねーか! 全部スるかも知れねーぞ!?」
「ソーってもしかして、賭け事弱いの?」
「確かに、ソーはめちゃくちゃ賭けが弱ぇ。何回もスったもんナァ?」
「それは今どうでもいいだろうが!?」
しかしそんなソーの心配に、首を横に振ったのはソプラとアルトだった。
「それに関しては、別に心配してないわよね?」
「うん……ソーさん?」
「な、なんだよ」
丸メガネの奥からアルトの目に見つめられて、少しうろたえた様子のソーに。
彼女は少し困ったような顔をしながら、こう告げた。
「私が心配してるのはーーーノイルが勝ちすぎて目立ち過ぎないか、ってことなんですよ」




