幼馴染みの少女は真っ赤になる。
【賢者の札】に入った連絡に、魔王メゾは軽く眉を上げた。
「おや、どうしたのかな? ノイルくん」
通話すると、彼はいきなり言った。
『しばらく、そっちに戻りません。逃げるつもりはないのでお気になさらず』
「何かあったのかい?」
事情を聞いたメゾは、少し楽しくなって笑った。
ーーー君は本当に面白いなぁ。
まさかこんなに早く魔剣と同調するとは思わなかった。
〝英雄形態〟は、聖剣魔剣を持ち、かつ素質のある者が得るユニークスキルであり、他のスキルと違い使用者に合わせて各々に違う効果があるものだ。
共通しているのは知覚の加速を行えるようになることで、ノイルの話を聞くと彼は『身体能力強化』の効果を得ているようだった。
ーーーしかも〝狂化〟。
それは身体強化系の中でも最も凶悪な部類のスキルで、理性のタガを外し切る激情と共に発現する。
「修羅には相応しいね」
ノイルには特に詳細を伝えずにメゾは言い、見えないと分かってはいたが軽くうなずいた。
「うん、分かったよ。ボクとしては別に手元で大事に育てたいというわけでもないし、勇者候補に覚醒してもらうのも必要なことだ……君の幼馴染が、共に戦う者に成長するっていうのもドラマティックでいい」
『そうするつもりですよ』
まるで既定路線であるかのように肯定する少年に満足したメゾは、一つ提案した。
「ああ、迎えはいらないと言ったけど、デュラムはそちらに行かせる。ミシーダに行くなら、役に立つものを持たせてね」
『何です?』
「渡す時に説明させるよ。ではね」
『はい。ありがとうございます』
通話を切った後、メゾは軽く足を組んで褐色の太ももをスリットから覗かせつつ、サイドテーブルに肘をついた。
「第一段階から、随分と期待に応えてくれるね、彼は。ねぇ、デュラム」
「は」
頬杖をつき唇を指で撫でながら言うと、こちらの様子にまるで反応を見せない職務に忠実な執事は部屋の隅で短く答える。
彼らに渡すのは、【破聖の欠片】と【操心の蛇】と呼ばれる魔導具だ。
それをデュラムに伝えると、彼は頭を下げて音もなくその場を後にした。
「派手にやり過ぎてバレるのは困るけど、ま、ノイルなら上手くやるだろうし」
たかが人間の、それも群れなければ大した魔力や神聖力も行使出来ない連中が作った結界など、自分の力を込めた欠片ひとつで破壊出来るのである。
そこまで派手にやらずとも、管理している奴の心を操ってしまえば聖剣の元へたどり着くのも容易いだろう。
聖剣を扱えるかどうかは適性を持つという少女の問題にはなるだろうが、ノイルが執心するくらいなのでタダの雑魚ということはないだろうし。
「もしその子が使えなくても、ノイルが使えるしね。……ま、キャリバーがあればいらないかもしれないけど」
メゾは言いながら、おかしげに喉を鳴らした。
「【イクスキャリバー】は成長する魔剣……そしてノイルは修羅だ。彼にはこれから、まだ別の〝英雄形態〟が無数に生まれるだろう」
三面六臂の姿で描かれ、反逆の戦闘神とまで呼ばれる適性は生半可なものではない。
ありとあらゆる英雄の武の姿を得て、最後にそれらを同時に発現させることで、ノイルは完成する。
自分と並び立てるほどの力を得て。
「真の勇者の適性である〝神聖〟と、完全なる戦鬼の適性〝修羅〟を彼らが発現させた時、ようやくボクの願いが叶う……」
ーーー完全なる魔王〝大罪〟たるボクの願いがね。
そういうのは、早ければ早いほどいい。
メゾは、ソプラという少女を襲ったバカ二人に感謝した。
「スキルの発現を促すほどの激情をノイルにもたらすのなら、その少女の近くにいた方がいいに決まっている」
わざわざ自分から策略を巡らすつもりはないが、少女が危険に陥るのを身近に感じられれば彼の覚醒も早いだろう。
「楽しみだなぁ。この世はあまりにも退屈だからね」
メゾは邪神の復活を願っていた。
しかしそれは、邪神に仕えたり、利用したりする為では決してない。
「ーーーボク一人では敵わないくらい強い奴、かぁ……燃えるよね」
メゾは根っからの戦闘狂だった。
クソ下らない魔王などという地位に収まっているのも、三英傑が揃った時に邪神と戦えると知ったからなのである。
メゾは昔から、ただ強い奴との戦いを求めている。
飢えて飢えて、求め続けていた。
血湧き肉躍る闘争と、その最中の燃え尽きるほどの熱を求めているのだ。
「うふふ……無事に勇者とノイルが覚醒して、もし邪神をぶち殺しちゃったら……」
自分の真の力と、すぐに昂ぶる感情を封じているメガネの奥で目を細め、メゾは恋する乙女のように頬を紅潮させた。
「ーーー次は、彼らとも殺りあってみたいよね」
※※※
そんな狂人と魔人の会話が行われていた一方で。
アルトは屋敷の部屋の中で二人きりになった後、ベッドで目を閉じているソプラの顔を見つめた。
「ソプラ。目、覚めてるんでしょ?」
ベッドの脇に膝をついて、枕元で彼女に問いかけると、ぴくりとまぶたが動く。
そのままソプラは、少し呻きながらゴロン、と反対に向かって寝返りを打って小さく言い返してきた。
「……バレてた?」
「私にはね」
ノイルが気づいていたかどうかは分からないが、彼に抱かれていた時の様子が不自然だったのでバレバレなのである。
理由も、なんとなく分かっていた。
「……耳、真っ赤になってるよ」
「ッ!」
ノイルのことを思い返していたのか、みるみるうちに紅潮したソプラに言うと、びくり、と全身を震わせた。
もぞもぞと口元を両手で覆って、今度はこちらを向く。
毛布に半分埋まり、上目遣い気味の目を潤ませながら、彼女はボソボソと言った。
「の、ノイルに、ギュってされた……! そ、それに、『俺のソプラ』って……お、俺の……って!!」
「あー、はいはい」
どうせそんなことだろうと思っていた。
「あの状況でそんなこと考えられるの、本当に大物よね、あなた」
「だだ、だって……」
「ていうか、普段からその態度でノイルに接してれば、あの人も悪い気しないと思うんだけど」
なんで寄ると触ると喧嘩腰なのか。
四六時中イチャつかれても端で見ているのはたまったものではないが、少し極端すぎる。
「だって、強くなるって約束したもん……」
「方向性が間違ってるのよね……」
それは『ノイルに対して強く当たる』という意味ではないと思うのだが。
大体、ノイルと彼女の実力差を見ると、もう子どもが近所のお兄さんに虚勢を張っているのと変わらないように見える。
ノイルがそれを分かっているということも分かった結果、もうこの2人のイメージは『怒る幼女とニコニコと頭を撫でるおにーさん』になってしまっていた。
ーーーもうさっさとくっつけばいいのに。
アルトはため息を吐きつつ、治療の間にノイルの言っていたことを一応彼女に伝えた。
「ノイル、しばらく一緒にいるって」
「え!? パーティーに入ってくれるの!?」
「起きないの」
ガバッ、と身を起こそうとしたソプラの肩を軽く押さえてまた寝かすと、アルトは誤解を訂正した。
「どっちかのパーティーに入るんじゃなくて、どっちかっていうと合同パーティーかな。なんか、ソプラの聖剣を探しに行くんだって」
「わ、私の……?」
少し戸惑ったような顔をした後、ソプラはまた口元を緩ませる。
「でも、ノイルと一緒にいられる……♪」
これだけケガをしているのにウキウキとしている彼女に、アルトは先ほどよりも深いため息を吐いた。
ーーーホント、ノイルの前でもずっとこの状態でいればいいのに。




