闇の勇者は、聖剣を探す。
「いきなり飛び出していくから驚いたよ」
ノイルは、再びターテナーの自室に赴いていた。
退出の礼もせずに部屋を飛び出したノイルに怒ることもなく笑顔で告げる領主の息子に、小さく頭を下げる。
「申し訳ありません」
「いいんだよ。無事ではないけど、助けられて良かったね」
ターテナーは、飛び出したノイルを追う前のバスと連絡先を交換していたらしい。
医者に向かおうとしていた時にドワーフが状況を告げると『屋敷に来るように』と言って、そのままソプラを寝かす部屋とかかりつけの医者を用意してくれたのだ。
アルト以外の仲間たちは、貴族の屋敷が少し居心地悪いようで、屋敷の門で見張りをしておくと言って入ってこなかった。
彼女は今、ソプラについて別室にいる。
ノイルが彼のところに来たのは、謝罪と同時に一つ交渉をするためだった。
「今、持ち合わせが少ないのですが……代金の返済は待っていただいてもよろしいでしょうか?」
「いらないよ」
ターテナーはノイルの提案に、あっさりと首を横に振る。
「しかし、借りを作るわけには」
「先行投資のつもりだから、素直に受け取ってくれると嬉しいな」
なぜか嬉しそうな彼に、ノイルは小さく眉根を寄せた。
「先行投資、ですか?」
「屋敷にいても感じられる凄まじい魔力の持ち主だ。有名になる前に知り合えたのは僥倖だった。まだ誰にも雇われていなければうちで雇いたかったくらいだよ」
改めて君と友達になりたいな、と首を傾げるターテナーに裏はなさそうに見えた。
ーーー魔王と繋がりがある相手に恩を売りたい、というわけでもなさそうだし。
好意や善意の全てを疑うほど愚かなこともないが、自分が何の打算もないまま動くことはほとんどないため、つい疑ってしまう。
まして相手は頭がキレると感じている相手だ。
どう受け取ったものか分からずノイルが黙り込んでいると、ターテナーは内心を察したように指を立てた。
「疑っているかい? でも、君が逆の立場だったらやっぱり同じように思うんじゃないかな?」
言われて、ノイルはなるべく客観的に考えてみた。
目の前に現れた、自分と対等に話が出来る同世代の人間。
仲間の為にいきなり飛び出していき、しかも凄まじい(と感じる)力を発揮してから戻ってきた。
ーーー自分なら好感を抱くし、味方に欲しいな。
「そうだろう?」
顔に出ていたのか、ターテナーは満足そうにうなずく。
「魔族たちの件に関してはもみ消しておこう。相手が襲ってきたんだし不問に付されるとは思うけど、憲兵に拘束されるのもあまり楽しくはないだろう?」
「そうですね」
「後、恩を感じてくれるなら敬語はそろそろやめないか? 僕はもうやめてるよ」
言われて、ノイルは彼の口調の変化に気付いた。
あまりにも自然だったので気づいていなかった……というよりは。
ーーーダメだな。まだ取り乱してるのかもしれない。
気を引き締め直すために軽くこめかみを揉んだノイルは、改めてターテナーに手を差し出した。
「分かった。ありがとう、ターテナー」
「そうそう、よろしくね。ノイル」
それから、話題がソプラのことに移ったので、ノイルは彼女との付き合いを話した。
「へぇ、彼女は勇者なのかい?」
「ああ。それで、少し考えてることがあってね」
「何?」
「早急に聖剣を探そうと思うんだ」
今のソプラでは、やっぱりそのまま放ってはおけない。
今回はたまたま近くにいたから良かったようなものの、他の危険が彼女に今後迫らないとは限らないのだ。
「聖剣か……」
ターテナーは少し難しそうな顔で椅子に腰かけると、腕を組んで指先で頬をトントンと叩いた。
「うちでも稀に産出するけど、材質がオリハルコン……ってなると、流石に高いよ? まして作るってなると」
「そうだよな……さすがにそんな金もないし、打てる腕がある職人も……」
「さすがにうちの領地にはいないかな」
そこまでの腕があると、大体国に召抱えられているものだ。
んー、と少し考えた後に、ターテナーは手を打った。
「そういえば確か、もう少し先にあるミシーダに強力な聖剣が安置されているって聞いたことがあるね」
彼が口にしたのは、治癒士と魔導士の街、と呼ばれる場所の名だった。
王都にある冒険者養成学校よりも高度な魔法知識を勉強する場所で、幼い頃から強い魔力や魔法の才覚を持つ子どもはそちらの学校に行くことも多い。
また冒険者上がりでも魔術の探究を望む者は功績と知識、魔法の腕前を積み重ねてランクを上げてその街の定住資格を手に入れたりすることもあった。
「初めて聞くけど」
「一応、冒険者ギルドでもBランク以上への有料情報だったんじゃないかな。秘匿しとかないと聖剣狙いの賊も出るだろうし」
この国最大の魔法都市を狙う度胸のある者は少ないだろうが、無謀な者はどこにでもいるものだ。
「教えて良かったのか?」
「さぁ。少なくとも貴族学校では歴史で習うしね。いいんじゃない?」
ターテナーはその辺りに関しては特にこだわりはないらしい。
ノイル自身やバスたちへの対応も併せて見ると、おそらくは見た目や身分ではなく相手を見て評価を決めるタイプの人間なのだろう。
「どうすれば手に入る?」
「確か〝剣の護り手〟である聖女に認められれば、聖剣の試練を受けられるはずだけど。少なくともここ最近は、まだ誰も認められたことがないんじゃないかな」
つまり聖剣はミシーダの街に確実にある、ということだ。
どうやって手に入れるか、と考えながら腕を組んだノイルに、ターテナーはさらに情報をくれる。
「護り手である聖女は、剣と一生をともにする定めらしくてね。要は聖剣の使い手と一生を共にする覚悟が必要だから、審査の目も厳しいと思うよ」
今まで歴史上でも数回しか手にした者はおらず、使い手が死ねば聖剣は勝手にミシーダの街に戻るらしい。
「とりあえず行ってみよう。正攻法で手に入れば良し。無理そうなら別の方法を探る」
「別の方法?」
きょとんとしたターテナーに、調子が戻ってきたノイルはニヤリと笑いかけた。
「もし無理な時は、聖女と聖剣を奪って来るよ。ーーー闇の勇者らしくね」




