幼馴染の少女は、闇の勇者に脅される。
「おい、悪徳領主を退治するんじゃなかったのかよ? なんで協力することになってんだよ?」
結局、暗喩と含意で会話していたせいで、ソーには状況が理解できていなかったらしい。
場を辞して男爵の屋敷へ向かう道すがらの問いかけに、ノイルは肩をすくめた。
「別にこの領地では誰も損してないから、退治する理由がないんだよ」
今代である男爵自身は、税を取って贅沢しているつもりだろう。
領民はハモニのおかげで今のところ安泰。
次代はかの老人の庇護下にあるか共謀しているため、現状に不満はないはずだ。
普通とは権力の在処が違うだけで、適正な運営が行われているのである。
税を誤魔化すのはバレたら重罪ではあるものの、おそらくハモニがごまかしているのは男爵だけで、国に対しては適正な数字を報告しているはずだ。
「もしかしたら功績にもならないかもね。逆にハモニがいなくなると領民が困るかも知れないし」
「なるほど……」
いまいち納得いかなそうな様子だが、とりあえずソーはうなずいた。
「なんか悪徳領主を勇者から守る、って話になると、こっちが悪いみてぇな気になるからよ」
そもそも善意からノイルに声をかけてきた人の良い獣人は、そこが引っかかっているようだった。
「領民を守るために、勘違いしている勇者を穏便に追い払うんだよ。俺たちは良いことをしてるんだ」
「勘違いさせたのがそもそもテメェだろ……」
「そうだけどねー」
結果として得をするわけだし、ソプラが装備で困った時に助けることも出来るので、まぁ彼女も得をしていると考えても問題ない。
ーーーそれに、悪徳領主に協力して甘い汁を吸う、って考えると闇の勇者っぽいしねー。
別に悪く見られることには、特に問題がないと思っているノイルである。
最終的には、闇の勇者としてソプラに負ける予定なのだし、それで良いのだ。
魔王の出方次第では、〝勇者の祭典〟では勝たないといけないかも知れないが、その時は他の候補を立たせて、一度彼女に落ちてもらっても良い。
男爵の屋敷裏口で紹介状を渡して入ると、次代領主のターテナーさんに会う前にソプラを追い払うことにした。
バスとは、ソプラを撃退した後に落ち合う予定になっている。
「あの子、どんな顔するかなー」
「おめー絶対楽しんでるだろ? ナァ?」
入り口の前で待っていると、二人の少女が姿を見せた。
※※※
「やぁ」
アルトは、こちらに対して声をかけてきたノイルの立ち位置に少しだけ違和感を覚えた。
門番を両脇に立たせ、獣人とともにまるで進路を塞ぐように立っていたからだ。
「そこで止まってくれる? 勇者パーティーのお二人さん」
ノイルが、トントン、と太ももを叩きながら片目を閉じると、ぴくりとソプラが肩を震わせた。
「……なんであなたがここにいるの?」
「それはもちろん、勇者様を止めるためだねー」
ーーーどういうこと?
アハハ、といつも通りの笑みを浮かべる彼の内心が読めず、アルトが眉根を寄せると、ソプラは横で押し殺した声で唸った。
「訳の分からないこと言ってないで、そこを退きなさいよ」
「真っ正面から突っ込んで文句言っても、君が捕まるだけだよ。貴族殺しは大罪だしね」
「関係ないわね」
ソプラの目が座っていた。
悪い話を聞き、ノイルと喧嘩して気が立っているのだろう。
結局頭を冷やす様子を見せなくて困っていたが、状況が予想外のものになった。
「俺たちは男爵様と協力することにした。君を追い払うのがその役割の第一歩だ。一度引いてくれないかな?」
「へぇ……悪い奴に協力するって訳?」
「彼の統治で誰も困ってないんだよ、ソプラ。だから、ここの男爵を倒すのは勇者の役目じゃない」
ね? と首を傾げながら、ノイルが禍々しい魔剣を引き抜いた。
魔王から与えられたという剣を構えた彼は、全身からゆらりと闘志を揺らめかせる。
その雰囲気は、養成学校では見たことがないくらい圧のあるものだった。
「聖剣もない、実力も今の君じゃ俺には勝てない……分かるだろう? ソプラ」
ソプラは、ギリ、と歯を噛み締めた。
赤い瞳の奥に怒りが揺らめいているが、彼女の方は剣を抜かない。
敵わないことが分かっているのだ。
「見損なったわよ、ノイル」
「もともと見下してたんじゃないの?」
「……っ。誰もそんなつもりで接してた訳じゃないわよ!」
ついに声を荒げたソプラだが、言葉の強さと裏腹にアルトには泣きそうな雰囲気に見えた。
「ソプラ……帰ろう?」
彼女の肩に手をかけると、もう一度ノイルを睨みつけた彼女は、大きく息を吐く。
「覚えてなさいよ。絶対聖剣を手に入れて、いつかギタギタにしてやるわ!」
「楽しみにしてるよー」
これだけ怒っているソプラを前にしてもいつも通りにヘラヘラと手を振るノイルに、アルトが目配せをすると、彼はかすかにうなずいた。
後で説明してくれるらしい。
そのまま、ソプラの背中に手を当てたままその場を後にすると、アルトは彼女に話しかけた。
「ねぇ、ノイルのことだけど」
「お芝居でしょ? 分かってる。中から男爵の悪事でも暴く気なのかしらね?」
「え?」
屋敷が見えなくなったあたりで、ソプラが怒りの気配を霧散させてそう言ったので、驚いて顔を見る。
彼女は、むぅ、と口を曲げていた。
だが、先程までの雰囲気が嘘のような拗ねただけのような顔に、アルトは問いかける。
「な、なんでそう思うの?」
「んー、最初に合図されたから」
ソプラは自分の太ももをトントン、と指先で叩き、片目を閉じてみせる。
それは、先程ノイルがやった仕草にそっくりだった。
「これ、昔から大人に怒られるようなことをした時の合図なのよ」
「どんな?」
「『後で上手く誤魔化しとくから、とりあえず演技して』っていう合図」
ディスられたのはムカつくけど、と言いつつ、ソプラは少し照れたような嬉しそうな、でも不満そうな複雑そうな顔をした。
「……あれは、私が怒られそうなことをして……庇ってくれる時のヤツだから……」
あのまま乗り込んだら、本当にまずいことに気づいた、と言う彼女に。
ーーーもうちょっと早く気づいてくれると嬉しいんだけど。
と、アルトはため息を吐きたくなるような気持ちでうなずくと、ノイルの狙いに思いを馳せる。
ーーー後で聞かせてくれる、ってことで良いのかな? これ。
流石に状況がわからなすぎて、アルトが少し不満を感じながら歩いていると。
……不意に行く先を、見知らぬ誰かに阻まれた。




