闇の勇者は真の狙いを明かす。
「ふむ」
ハモニは軽く眉を上げた後、少し背筋を伸ばした。
元々ピシリとした雰囲気の老人ではあったが、どうやら本気になったらしい。
「どういうことを考えたのか、お聞かせ願えますかな?」
「合っているかどうか、という答え合わせはしたいところですからね。ですが、さすがに何の条件もなく、というわけにはいきません」
理由はもちろん、身の危険があるからだ。
内実の推察を正確に語ってみせたところでハモニがそれを正解だと言う保証もないし、間違っていると屋敷を出た後に刺客などを差し向けられるのはあまり良くない。
何よりソプラの情報を話している以上、彼女には確実に危険がないように計らわないといけない。
ーーー勝手に囮に使ったと分かったら、怒るだろーなぁ。
ソプラはどんな顔をしていても可愛いが、怒った顔や泣き顔よりは笑顔やダラけている時の顔のほうが好きなノイルである。
だったらやらなければいい、という話でもあるだろうがこの方法が一番楽そうだったのだ。
「条件ですか……例えばどのような?」
「正解だった時に取り次いでもらいたい人物が一人。そして現れた少女を追い払う役目を任せていただくこと、そして仲間の身の安全を保証すること……この3点です」
思ったより条件が軽い、とハモニが思ったかどうかは分からないが、この条件を飲ませることが目的達成の第一歩なのである。
仲間という言葉をわざわざ使ったのは、当然この場にいないソプラとアルトも含んでいるからだ。
彼が承諾すれば後出しでそれを付け加えるつもりだった。
「その条件を飲むには、取り次ぐ相手が誰なのか、にもよるのですが」
「ハモニさんなら勘付いておられるのでは?」
そこに気づかない老人であれば、ここまでの会話は成立していないだろう。
ハモニはそれに対してかすかに首を傾げた後……少し意外な方向から再び切り込んで来た。
「条件は、後に提示したほう一つに、報酬をつける、のでは問題がありますかな」
「というと?」
「お知り合いなのでしょう?」
ハモニの目は笑っていた。
ーーー見抜かれたか。やっぱり賢いな、この人。
畳み掛けることで少しははぐらかせるかと思ったのだが、そこまで甘くはなかったようだ。
となると、彼の中では疑惑が生まれているだろう。
自分とソプラがグルであり、黒幕に近づくために一芝居打っている、という疑いが。
それは、ノイルが勝手に囮に使ったということ以外は、ほとんど間違ってはいない推測だが。
「さすがですね。そう、なぜ彼女が来るのかを知っている理由は、その通りです」
「本命は取次を頼むほう、ですかな」
「ある意味ではそうですね」
ノイルは、少し含みを持たせながらジッとハモニの顔を見つめた。
彼も全く目を逸らさずにこちらを見返している。
たしかに、黒幕に顔を繋ぐことが目的なのは間違いないのだ。
「ですが、もうこちらのその目的は達成されている、と思っているんですが」
ーーーノイルの狙いは、彼の主人ではない。
これはブラフでも何でもない、本当に最後の札だった。
ノイルは、目の前の老人こそが領地の件の中心にいる、とほとんど確信しているのだ。
「私は領主一家に仕える身ですよ」
「そうですね。先代と次代も、領主一家かとは思いますので」
年齢的に、ハモニは確実に先代に仕えていただろう。
そして鉱山に関する……この領地最大の利益を一手に任されていた、ということは懐刀だったに違いない。
今代領主が無能であることを、偉大だったという先代は見抜いていただろう。
では、そうなった時に頼る相手は誰か。
「次代を担う嫡子は聡明という噂があります。ですが、まだお若いゆえに家督を継ぐには少し時間が足りないのではないでしょうか」
淡々と、ノイルは自分の推測を告げた。
ハモニは全く表情を動かさずにジッとこちらを見つめている。
「であれば、次代に受け継ぐべきものを滞りなく受け継ぐためには、今代の目からは隠さないといけないでしょうね」
それが、この領地が奇妙な場所である理由なのだ。
税が重いのに人々の生活が圧迫されていないのは、本来の利益が『10』とした場合に報告している利益が『5』、そこから差し引かれているから本来の3〜4割程度の税が適正に徴収されているのである。
もし誰かが我欲でそれを行っているのなら、人々の生活はもっと圧迫されているはずだ。
中抜きの位置にいる人間が、本当の利益から8割の税を取り、4割を領主に渡せばまるまる儲けになるのだから。
「隠す立場にいる者が我欲にまみれていなければこそ、出来ることです」
先代を敬愛し、また信頼を受ける人物であれば、そうしたことを任せるに足る。
誰か、と言われれば、それは目の前の老人だけだろう。
「誤解しないで欲しいのですが、この土地を乱すつもりはないんです。俺は、あなたに俺という人間を売り込みたかったんですよ」
ニッコリと笑ったノイルは、胸元に手を当てた。
「俺はまだ駆け出しですが、これでも〝勇者の祭典〟への参加権を魔王より与えられている身の上です」
「ほう」
「おい、そんなこと話していいのかよ……!」
我慢しきれなくなったのか、ソーが声を上げるが、この場合はファインプレイだ。
「信頼を得るためには、こちらの話もしておかないとね」
男爵領で産出される鉱物は、良質なのだ。
今のところ魔剣しか持たないノイルが良い装備を揃えるためには、材料を扱う元締めと顔を繋いでおくのが非常に重要なのである。
領地の状況を理解した後の、ノイルの真の狙いはそこだった。
ギルドから与えられる目先の功績よりも、遥かに巨大な利益を得るチャンスだと捉えたのだ。
そういう諸々の事情を、ハモニはこちらの言動から察したはずだ。
黙ってこちらを見つめた後……老人はフッと笑みを浮かべて体から力を抜き、パチパチと軽い拍手を送ってくれる。
「見事です、ノイルさん。ーーー私は、聡い若者が大好きなのですよ。あなたならば、ターテナー様と良い関係を築けそうな気がいたします」
あの方にはまだお友達が少ないので、と老人は言葉を重ねた。
「もちろん、私とも」
「では」
「ええ。条件を飲みましょう。取り急ぎ、屋敷への紹介状を書かせていただきます」
「ありがとうございます」
「あ、終わった? ナァ?」
ノイルが頭を下げると、ラピンチが呑気な声を上げる。
「……結局、何がどうなったんだよ?」
ソーの疑問に、彼を見てニヤリと笑ってみせた。
「決まってるじゃない。ーーーこれから、ソプラを追い払うんだよ」




