闇の勇者は交渉する。
男爵領にある鉱山は、当然ながら領主の所有物である。
だが、その鉱山を領主が直接管理しているわけではない、と冒険者ギルドで金を払って情報を得た。
どうやら鉱山関連は一括で管理を任されている老人がいるらしい。
「ビンゴだね」
ついでにギルドでその人物に面会の繋ぎを頼んでみると、あっさり通った。
「ノイルよ、テメェ本当に何者だ……?」
ソーが本気で感心した様子を見せるので、ノイルは肩をすくめる。
「単なる観察だよ」
「にしたってなぁ……人間ってのはそんなに賢いもんなのか?」
「あんまり関係ないと思うし、特別賢いってことはないと思うけどねー」
そんな話をしているうちに、元締めの老人の家にたどり着いた。
領主の屋敷の近くにあるそこそこ大きめの家だ。
「ここだね。あ、二人にひとつだけお願いしたいことがあるんだけど」
門の前でノイルが二人を見上げると、獣人たちは顔を見合わせてから揃って首をかしげる。
「「お願い?」」
「そう。……これから俺が中で何を喋っても、表情を変えないで欲しい」
「妙なお願いだな、ナァ?」
「どういう理由だ?」
「えっと、とりあえず今からこの領地の管理について、相手から話を引き出すために交渉するんだけどね」
「おう」
「話の流れによっては、ちょっとビックリするようなこと言うかも知れないから、先に心構えしておいてもらおうと思って」
ノイルの言葉に、ソーはうなずいた。
「そいつは構わねーが……ラピンチ、テメェ大丈夫か?」
「まぁ、俺っち話聞いてないから平気じゃね? ナァ?」
「……あのな」
肩を落とすソーに、自分でそれを言うのもどうかと思うかなー、とノイルも思いつつ、今回に限ってはありがたいのでそれ以上突っ込まなかった。
門の鈴を鳴らして出てきた執事らしき人物に話をすると、あっさりと客室に通された後、少しだけ待たされる。
椅子には座らず、立ったまま待った。
「少し遅くなりまして、申し訳ありません」
そう言いながら現れたのは、目の下に黒いクマがある、厳しい表情のシワを刻んだ手強そうな老人だった。
彼はジロリとソーとラピンチに目を向けると、軽く眉を動かす。
獣人に驚いたのだろうか……と思ったが、鉱山には多少いるはずなのでそうではないかもしれない。
「……珍しい客人ですね。私がハモニです」
「初めてお目にかかります。冒険者のノイルです」
面会に応じていただきありがとうございます、と丁寧に頭を下げると、老人の表情が少し緩んだ。
「おや、冒険者にしては礼儀正しいですね」
「面会を断られても仕方のない程度の身分ですので。感謝しています」
冒険者ギルドを通したとはいえ、まさか即答で会ってくれるとは思わなかったのだ。
「どうぞお掛けください」
ハモニは椅子を示して、まず自分が座った。
それに従ってノイルが他の二人とともに腰掛ける。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
ハモニは少し態度を柔らげながら、完全に警戒を崩してはいなかった。
それはそうだろう、と思いつつノイルは軽く切り込む。
「ここの領主は、ハモニさんの目から見てどういう方なのか、ということをお聞きしたくて伺いました」
出来るだけにこやかにそう伝えたが、相手の表情が緩まなかった。
「……可もなく不可もなく、といったところですかな。それが何か?」
返答そのものは当たり障りがない、と思わせておいて、実際はこちらに探りを入れているものだった。
素晴らしい人物ですよ、などの回答であれば完全に糸口がなかったが、多少は脈があるらしい。
相手の意図は読めなかったが、ノイルは軽く体を前に傾けて、少し踏み込んだ返事をする。
「先代に比べると、良い領主ではない?」
「街中での評判をお聞きになりましたかな。先代が偉大すぎたという部分もありますが」
「それは勿論そうでしょう。それを差し引いても、この領地は多少の問題では揺らがないくらい、結束が固いようです」
ーーー鉱物の値段や生産量、あるいは税をごまかしても領主にバレない程度には。
言外に含ませたその意味を、ハモニは正確に読み取ったようだった。
かなり賢い老人だ。
彼はテーブルに用意された紅茶を取り上げると口に含み、すぐに置いた。
「そうですね。纏め役が優秀ですから」
「それはあなたではない?」
「領主の話をしているのではありませんでしたかな」
逆に切り返されて、ノイルは笑みを深くした。
ーーーかかった。
「そうですね。領主一家の評判について、話しているつもりです」
口を滑らせたのか、あるいはわざとなのか。
反撃を透かしてみせると、老人は少し沈黙した。
「……あまり人のことを詮索するものではない、という返答ではどうでしょう?」
「失礼は重々承知しております。ですが、この件について深く関わろうとしているのは、実は僕ではないです」
脅しか、忠告か……『領地のことを詮索するな』というハモニに、ノイルは追加で情報を提示した。
「勇者の素質を持つ少女が、ここの領主の悪名と税の重さを聞きつけたらしく、間もなくやってくるかと思うので……それは困るのでは、と」
ノイルは、自分が持つ最大の手札を切った。
このためにわざわざソプラを止めなかったのだ。
ソーは反応を見せず、ラピンチは宣言通りに話を聞いていなかったようで、部屋には静かに張り詰めた空気が流れた。
「……それは、ゆゆしき事態ですね」
「ええ。お困りになるのでは、と思いまして。失礼ながらご忠告に上がったのです」
話は以上です、とノイルが締めると、ハモニは背もたれに体を預けてノイルの顔をジッと見つめる。
目を逸らさずに待っていると、老人は深く、静かに息を吐いた。
「そのお話については、信頼に足る証拠が欲しいところですね」
「そうですね。いきなり信じろ、というには少し難しい話だと僕も理解していますが……だからこそ、この領地のことを推察した上であなたに話を持って来たのです」




