幼馴染の少女はおめかしをする。
「んーと……」
ノイルは転移魔法陣で王都の近くにある森についた。
転移魔法陣での移動は、国際協定で街中への出現が禁じられているらしく、特に王都などは転移を遮断するようにガッチガチに防御結界で固められているらしい。
ということで、出来るだけ目指している街に近い目立たない場所に下ろしてもらったのだが、ノイルは転移の順番待ちの間と、今も歩きながら【賢者の板】を眺めていた。
「なぁ、さっきから眺めてるそいつはなんだ?」
「あれ、知らないの?」
興味を持った様子のソーに、ノイルはプラプラと板を振りながら板のことを説明した。
「ほー、たまに見かけたが、そいつは便利だな。特にギルドの依頼がどこでも受けれるってのはスゲェ」
「報酬の受け取りには最寄りのギルドまで行かないといけないけどねー」
「おめぇ、逆になんで知らねーんだよ……」
バスが、そのやりとりを聞いて呆れた声を上げる。
言われて気づいたが、確かに冒険者ご用達の魔導具なのに、知らないというのも不思議な話だ。
ソーはラピンチと顔を見合わせてから、少しバツの悪そうな顔で言う。
「魔導具の類いは苦手でな……」
「俺っちはソーにくっついてくだけだからあんまキョーミない。ナァ?」
「ナァ、じゃねーだろうが、竜ヅラ。おめぇらそんなんだから間抜けなんだよ」
バスの言葉に、ソーがグッ、と喉を鳴らす。
「で、でも今まで困んなかったしよ……」
「情報が早いから便利なんだけどねー」
正直、彼らが近隣の魔物狩りなどをメインにして生きるだけなら、さほど必要性は感じないかもしれない。
獣人は鼻が効くし、自然の中で生きるのにも人族より適しているからだ。
「バスさんは持ってるんですか?」
「ま、この体だからな。余計な動きをしなくて済むのは助かってる」
ゴソリと腰を探ったバスは、黒い【賢者の板】を取り出した。
「で、おめぇは何を調べてたんだ? ボウズ」
「男爵の評判と、盗賊団の情報ですよ」
そのために、情報共有の掲示板を覗いていたのである。
「何かあったか?」
「そうですね……まず、王都近隣の街では盗賊団、というよりもやっぱり詐欺師の集団がいるみたいですね。と言っても、被害は微々たるものですけど」
ソプラの件と似た話も数件あり、被害は街道沿いにある二つの街に集中していた。
どれも相手は子どもの姿をしていて、ほんの小さな金額を取られている。
「もしかしたら、ピクシー族かもしれないですね」
「ほぉ」
ノイルの推測に、バスは目線で話の先をうながした。
ピクシー族は小人の一種で、成人しても人間の子ども程度の身長しかなく、容姿も同様の種族だ。
本来は森に住む種族で、稀に人の家の屋根裏に勝手に住んだりする、イタズラ好きの魔族である。
「本来は大した害のない種族ですが、面白いと思った行動を家族単位で取る習性があります。どこかで小銭稼ぎする詐欺師の手口でも盗み見て真似している可能性はなくもないかなと」
「なるほどな。ボウズは賢い」
「あくまでも推測ですよ?」
「少なくともオラぁサッパリ思いつかねーからな」
バスは肩をすくめて、話を先に進めた。
「で、そいつらを捕まえるためにどうすんだ?」
「ここで面白そうなことをします。そのためにこの森に下ろしてもらったんですよ」
ノイルはニヤリと笑った。
被害のあった二つの街……男爵領の隅にある街と、ソプラがいる街の間にある森は、ここだけなのだ。
「適当に呼び出して、話を聞くのが一番早いでしょう?」
※※※
「あれ?」
アルトは、朝起きてきたソプラを見てキョトンとした。
先日とは少し様子が変わっているのだ。
具体的には髪が少し濡れていて、とかれて艶が出ている。油でも使ったのかもしれない。
また、昨日は必要最低限だった化粧がちょっと念入りになっていた。
なにせ元々美人なので、そうしておめかしをしているとより映える。
「化粧直してきたの?」
「う、うん。だってその……ノイルが来るんでしょう?」
アルトの言葉に恥ずかしそうにうつむいたソプラを見て、思わず頬に手を当ててため息を吐いた。
ーーーどう見ても、恋する乙女なんだけどなー。
ノイルが、幼馴染みというだけでは説明がつかないほどに鈍感……とは言えないかもしれない。
そもそも彼を前にした時のソプラの態度は、人格が入れ替わったのかと思うくらい素直じゃないからだ。
幼い頃から知られていて、すっぴんもやらかしも全部見られてきた相手であっても、少しでも可愛く見られたいのだろう。
ーーーだから素直になればいいのに。
元から、というか性格からして、ソプラは何もしなくても可愛いのだ。
正すべきはノイルへの態度だけである。
「どうしたの? アルト」
黙りこくっているとソプラが首をかしげるので、軽く首を横に振って答えた。
「なんでもないわ。朝食にしましょうか」
「うん。お腹空いた……あ」
嬉しそうにうなずいたソプラだが、不意に表情を曇らせて財布を入れた袋に手をやる。
先日お金を取られたことを思い出したのだろう。
別にそれで食べれないほど手持ちが少ないわけではないのだが、表情が曇っている。
「一食分、ダイエットしようかな……」
「十分スタイルいいから、しなくていいと思うよ」
確かに取られたのは食事一回分程度の金額である。
そのまま食堂に向かい、普通の黒パンに新鮮な葉野菜のシーザーサラダ、ヨーグルトにオレンジジュースというごく普通の朝食を取り終えたところで、ノイルから連絡が入った。
「あ、ノイル? 着いたの?」
『うん。まぁ昨日には着いてたんだけど』
その言葉で、目の前のソプラが複雑な顔をした。
緊張と声を聞いた嬉しさが滲んだ表情で頬を染めているが、同時に悔しさを覚えているような感じである。
ーーーああ、そういえば。
ノイルが街を出る時に、悔しいと泣いていたのを思い出したが……まぁ正直アルトにはどうでもいいのでノイルとの会話に戻る。
「着いてた、って、村にいるの?」
『いや、ちょっと悪いんだけど、待ち合わせを一つ先にある男爵領の街にしてもらっていいかな』
「……何かあったの?」
普段通りにのんびりとした調子で言うノイルに問いかけると、彼は軽く笑ってとんでもないことを口にした。
『いや、ソプラから金を盗んだ犯人を捕まえたんだけど、その手口を学んだ先が男爵領だったらしくてさ。ついでにそっちの件も解決しようかなって思って』
「………………は?」
あまりにも話が飛びすぎて理解出来なかったアルトは、間抜けな声を上げてしまった。




