闇の勇者パーティーの初仕事。
「人族の領地に行くだぁ?」
虎の獣人、ソーは魔都の宿屋に誘いに行ったノイルの言葉に、大きく片目を見開いた。
「テメェは、また唐突だな。なんだってそんな話になるんだ?」
宿の食堂でテーブルを囲む彼らに事情を説明すると、ソーはラピンチと顔を見合わせる。
「銅貨2枚って、そんな理由で戻るなんてどうかしてるぜ、ナァ?」
「寒ッ!!」
「ギャグのセンス皆無だね、ラピンチ……」
「しょーもねぇこと言ってると、斧でぶっ叩くぞこの竜ヅラ」
そこまで言う!? と自信があったらしいラピンチが衝撃を受けるのを放っておいて、バスがこちらを向く。
「別にオラぁ構わねーが、目立たねーか?」
「目立つかもねー。でも別に今は敵対してるわけじゃないしいいんじゃない?」
そもそもノイルは、修羅として覚醒する以前に勇者の中に混じっても遜色ない力を身につけなければならないのだ。
そのために〝勇者の祭典〟に参加して勝つのが当面の目的なので、いずれ人族の街には行く。
なにせ今回のオリンピア開催は、ノイルが住んでいた王都で行われるのだ。
「それにあんまりいないって言っても、別に向こうに全く魔族がいないわけじゃないし」
ドワーフやエルフなど、人族に近い姿をした者はそれなりに住んでいる。
ノイルの言葉に、ソーがバリバリと頭の毛皮を掻いた。
「でもマジでテメェ頭おかしいぞ。たかが銅貨二枚だろ?」
「銅貨を笑う者は銅貨に泣くよ?」
「そう言う話をしてんじゃねーだろうが!」
ガルル、と牙を剥くソーに、ノイルはまぁまぁ、と手を挙げてなだめる。
「でもさ、俺ちょっと考えがあるんだよね。もしかしたら功績に繋がるかもしれない話だよ」
「なんだと?」
ソーは、興味を持ったようだった。
冒険者にはそれぞれにこなした依頼に合わせて『功績』というものが、冒険者ギルドから与えられる。
それで冒険者のランクが決まったりするのだが、大きな事件を解決したりすると依頼でなくても功績が与えられることがあるのだ。
冒険者ギルドは、人族魔族の別なく世界中にあり、ソー達も例に漏れず冒険者として活動していた。
「どうも詐欺師は向こうにある悪徳領主の土地出身らしくて。悪いことしてるならついでにその悪事を暴いたら、功績もらえるんじゃない?」
冒険者ギルドの謳い文句は表向き『民衆の味方』であり、盗賊などを倒すのは報酬は低いが割といい功績が与えられるのだ。
ソーは顎を指で挟みながら、疑わしそうに首をかしげる。
「……そいつはアリ、だとは思うが、そんな上手いこといくか? ついでなんだろ?」
「まぁ、行ってみないと分かんないけど、なんか出来そうな気がするんだよね」
別に根拠も何もないのだが、ノイルはそう答えた。
こういう類いの直感は割とよく当たるのだ。
というか、別にやりたいこともないノイルは、直感に従って動くことが多かった。
すると上手く行くので、今回もそんな感じじゃないかと思っている。
「曖昧だなぁ」
「ま、付き合ってやってもいいだろ」
隻眼のドワーフはめんどくさくなったのか、椅子の背もたれに体を預けながらノイルに賛同してくれた。
「どうせもう自由に動ける身の上でもないしな。おめぇも断ってもいいが、グダグダ言ってて暇してるとあの魔王に何言われるか分かんねーぞ?」
「……だよなぁ。行くか? ラピンチ」
ソーは情けない顔をしてラピンチを見る。
すると彼はまだギャグがウケなかったことに凹んでいた。
「テメェ、話聞いてたか?」
「こんな傷心状態で聞いてるわけねーだろ? ナァ?」
テーブルに突っ伏してどよーんとしている竜人の頭を、ソーはどついた。
強いはずなのに、どこか三下的な雰囲気の抜けない二人である。
「じゃ、行こうよ」
「待てよボウズ。行くのはいいが、どうやって行くつもりだ? 人族の国は遠いだろう」
「それなら、もうデュラムさんに手配してもらいました」
魔王の執事を務める老人にもらっておいたとあるチケットを、ノイルはバスに見せる。
ちゃんと人数分だ。
「今すぐに転移魔車は出せないけど、片道切符の転移魔法陣を使用するためのチケットです」
一般に開放されていて金を払っても使えるらしいのだが、このチケットを渡せばタダで使わせてもらえるらしい。
「帰りは迎えに来てくれるって言ってたから、そっちもバッチリだよ」
「……なぁ、バスのおっさん」
「なんだ虎アタマ」
「オレら、もしかしてとんでもないヤツに目ぇつけられたんじゃね?」
そんなソーの言葉に、バスはニヤリと笑みを浮かべる。
「望むところじゃねーか。大したことねー奴らとツルむより面白いことになりそうだしな」
「別に俺、大したことないと思うけどなー」
ポリポリと頭を掻いたノイルに、バスは鼻で笑って見せてから立ち上がった。




